鉄人技量があってこそ
前回の登場経営者が一般債権者に迷惑をかけずに自主再生の道に漕ぎつけられる状況打開まで到達できたのは業界でも認知されている卓越した技術を有していたからこそだ。
周囲がいかに再生環境を整備してくれても経営者に非凡な経営スキルがなければ再建は無理だという非情な現実がある。
◆ 社員に使い込まれてピンチ
「これがあの自信満々の風貌をしていた荒尾か?」
とやつれ果てた同氏を目撃したのは8年前のことである。
確かに経営内容はバブルに借りた借金で銀行から返済を催促されていた。不動産の証券化などの画策を検討していたが、その件に関して本人はまったく理解の枠を超えていてただ黙して聞き役に徹していた。
日頃の饒舌で自信過剰気味の同氏にしてはしおらしかった。それもそのはず。経理責任者に2億円以上からの使い込みされていたことが判明された日であったからだ。
2億円の使い込みの事実もさることながら信頼をしていた公認会計事務所がまったく頼りにならない、いや背任行為に近い裏切り策動をしてことで荒尾は人間不信に陥っていたのだ。そのときの同氏の眼は死んでいた。この公認会計士はJC時代からの付き合いである。「信頼できる友人」と信じていた。
「荒尾の会社に担当で派遣されていた職員が、使い込み社員とグルになっていたのでは」
と思い巡らすほどに人間不信が高まって疑心暗鬼になる。
仕入先に返済の棚上げの要請という最悪事態に至った。この公認会計士は棚上げ先の一社に顧問になっていた。振り返るに荒尾の会社の財産目録を先方に通告した節がある。この仕入先は棚上げ分の金額に見合う分の差し押さえを行ってきた。
同氏は、30年つけてきた日記に「もう駄目だ。死にたい」と10回ほど記述したそうだ。必死で企業の防衛を行う初めての戦いの経験をしている荒尾にとって信頼し依拠すべき専門家集団が敵に回るようでは戦線放棄の気分になるのは当然だ。
◆ 本来の持ち味発揮の環境整備こそ再生のスタート
荒尾の財産は多様な友人たちがいたことだ(裏切る公認会計士・弁護士の荒尾が思い込んだ友人を含む)。友人たちが手分けして弁護士、公認会計士、マスコミ、警察関係と能力高い専門家たちを結集してくれた。
そこで様々な知恵を借り対策を講じた。銀行交渉もスムーズに行き裁判対策も優秀な弁護士が片づけてくれた。
企業を守る難儀なことから開放された同氏は本来の得意とするイベント企画にのめり込めることに専念できるようになった。顔色にも生気が蘇ってきた。
2年も経過すると荒尾の自信溢れる仕草と雄弁が組成してきた。彼のイベント企画の構想を1時間聞いても飽きない、尽きない、楽しい。
仕入先に棚上げしていた金額分も完済した。当然、奪われていた資産も取り返した。
「いやー、地獄も見た5年間だった」
と苦笑いをして反省もする荒尾である。友人たちの支援で同氏はよみがえった。
どんなに周囲が再建環境整備を図ってあげても鉄人技量のスキルのない平凡な経営者が自立再生できるのは至難な業だ。経営者を止めた方が賢明だ。
(登場者仮称)
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