文字の歴史は義憤の歴史であった。
遠くは古代エジプト時代のファラオを批判する落書き、日本でも、平安時代、世情を誹謗する落書き、数えれば、枚挙に暇はない。社会正義に訴える義憤は、今も世情を賑わせている。
ニチアス、東洋ゴムの耐火性能偽装、赤福、吉兆の食品表示偽装、内外からの文章(文字)による告発と言われている。伊藤忠の丹羽会長は、社員に内部告発せよと啓発する。しないのは社員の怠慢とさえ言われている。
このような会社は風通しがよく、問題も未然に防げる。しかし、残念ながら積水ハウスについて、近年、悪い風評を聞くことが多くなった。これは一体何なのか?
火のない所に煙は立たない、に従うものなのか、それとも、一流会社になった勲章なのか、一部の経営陣が特定の不動産業者、下請け業者との癒着があるのでは?役員の権力を利用して、私への利益誘導をしているのでは?という風評が漏れ伝わってくる。
(当コーナーでも、大物役員が造園業者とつながりが深いと、ほんの触りを書いている)
風評はやがて、社員にも伝わり、いや、すでに知っている社員も多いかもしれない。そんな経営陣が如何に立派なことを言っても、していることが、もし事実なら、社員の士気にも影響するはずと憂慮するものである。
積水ハウスの経営の根本哲学は「人間愛」ではなかったか!積水ハウスは後3年で50周年を迎えようとしている。組織にも、人事にも制度疲労を起こしているのではないだろうか。
組織の頭が腐り始めたら、いかに大企業でも落日は早い。積水ハウスを愛する者として、いろいろな噂に義憤を感じるものとして、今一度、積水ハウスの原点をたどりながら、経営の根本哲学「人間愛」を問い直し、現経営陣に警鐘を鳴らし、猛省を促したい。現社長が創業者と言われている田鍋さんの域に達することができたなら、すなわち、お客第一、協力工事店大事、役員、社員間に労使はなく、労、労で、運命共同体だということを実践できたなら、再び、住宅業界のNo.1に返り咲くだろう。
そんなことを期待しながら、次回より、積水ハウスの原点を振り返るため、創業時から現在までの歴史を紐解きながら、その時その時のエピソードを交えつつ書き進めたいと思っている。
(野口孫子)
(つづく)
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