地方議会は「魚河岸のセリ」
地方議会を全て観て回ったわけではないので、断定はできないが、その現状は「かなりひどい」と言って差し支えない。
その理由は、まずMISSION(使命)から外れているからだ。つまり、議会は何のためにあるのか、そして、誰のために仕事をするのか、ということを忘れているの地方議会、特に都道府県議会で顕著だが、多くの議会では「八百長」と「学芸会」をやっている。
「八百長」というのは、「結論」がすでに決まっているということだ。議場では、一生懸命、質問をしたり、答弁をしたりさも「議論」しているように見せているが、議案については、執行部が前もって根回しして、その議案が通るか、通らないかはあらかじめ決まっている。いくら議論を重ねようと「結論」は変わらない。
「学芸会」というのは、シナリオ通りセリフが決まっているということだ。質問も答弁も、再質問すらも原稿ができている。議員も執行部もそれを読むだけ。そういう意味では、セリフすら覚えていないから、「学芸会以下」と言ってもよいかもしれない。
では、本来の議会のMISSION(使命)とは何か。
その第一は「合意と納得の調達」である。幕末に村垣淡路守という人は咸臨丸でアメリカに渡り、その議会を視察したところ「日本橋の魚河岸の如し」と言ったそうだ。
村垣は怒号と喧騒のなかで、意見をぶつけ合いながら合意が形成されていくアメリカ議会の様を見て、「魚河岸のセリ」と表現したが、まさに卓見だ。
セリというのは、誰もが見れるオープンな場で、誰でも参加でき、最も高い価格を提示したものが落札するというシステムだ。
透明性が担保されているから、落札できた人も、出来なかった人も最終的な結果に対し「合意し納得できる」のだ。
議会もセリみたいなもので、公開の場で「政策の良否」をセリにかけ、その中から、合理性と説得力のあるものに収斂させていくわけだ。これが議会の議会たる所以。
しかし、今の議会は始まる前に、落札価格も落札する人も人の見えないところで根回ししたり、密室で談合して物事を決しているから後々不満や禍根が残る。
是非、地元の議会がセリをやっているか談合をやっているか、見ていただきたい。
つづく
動画/初回と同じです。
https://www.data-max.co.jp/kensei/2007/12/mail12-03/k-12-03_01.asx
※記事へのご意見はこちら