平成元年(1989)1月、田鍋は新しい企業理念を定め、社員に徹底した。なぜ新しく経営理念を制定したか、田鍋は言う「私は社長を28年続けてきた、しかし、いつまでもやっているわけにはいかない。会社は公器。公器としていつまでも、繁栄していくためには、社員全員の心の中に、一本の心棒がないといけない。精神的な基礎を残して置かないといけない。
今まで、やってきた経営、日本的経営をしてきたからよかったと信じている。今後も日本的経営の良さを残してもらいたいというのが、自分の念願だ」と。
田鍋の標榜する日本的経営とは「心」や「愛」を大事にする経営である。ややもすると合理性と計算が先行する企業行動の中で、このような「情」の面を強調しているのが積水ハウスの企業理念の特徴である。
田鍋はまた次のようにも説いている。「会社が大きくなるにつれ、社会環境も変化する中であるべき姿はこうあるべき、と絶えず追求する精神。つまり、お客様に対し顧客本位の姿勢で接しているか、常に最高の品質を目指すという誇りを持っているか、人間関係においても、立場や面子を重視し、事なかれ主義や、いわゆるサラリーマン的発想に陥っていないか、常に自戒、自問自答すべきである。
この企業理念を全社員の心のよりどころとして、革新と発展を継続する積水ハウスを創って貰いたい。そして私の言う運命協同体は、苦楽を共にする経営である」(企業理念の制定で心を合わせて仕事をするという意味から、運命共同体の「共」を「協」に変更した)。
この時すでに、1万人を越す社員がいたが労働組合はない。労使の対立もない。運命協同体であるから、利益が出たら株主はもちろん社員にも還元する。6月、12月の賞与の他に、決算の利益に応じて、3月、9月に追加賞与を支給したのもこのような考え方からきたのだ。
こうして、「私達の根本哲学=人間愛」が成立したのである。しかし、田鍋が心魂こめて作り上げたこの崇高な経営哲学も、現経営陣は上辺だけそれらしい振りをしているが、かなり後退していると言わざるを得ないのではないだろうか。(文中敬称略)
野口孫子
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