地雷被害者のメンタルケアのために立ち上げた、CMCラジオプロジェクト。しかし、それを多くの人々に聴いてもらうためには、魅力ある人物の声によってメッセージを届けることが必要だ。そこで上がった名前が、国民的スターのプリエップ・ソバット。彼に協力を仰ぐため、説得の日々が始まった。
誰の声で届けるか
2004年11月、各団体から被害者の詩やメッセージが書き込まれた用紙がポツポツと寄せられてきた。出稼ぎ先で地雷被害に遭い、足を失ったことを、何年も会っていない家族に知らせる手紙や、足を奪われたことで離れていった彼女に対する手紙。「俺の脚よ、失われた足よ!」と心の痛みを叫ぶ詩。自分と同じ地雷被害者に“それでも頑張っていこう”と呼びかける詩・・・。それまで、誰にも訴えることができなかった思いのたけを、閉ざしていた心のうちを打ち明ける手紙、詩、メッセージが次々と寄せられてきた。
準備が着々と進むなか、一番苦心したのは「誰の声を通して被害者の声を電波に乗せるか―つまりDJをどうするか」である。新しくスタートする番組のテーマが「地雷問題」。地雷被害者は期待して聞いてくれるかも知れないが、なじみがないうえに、暗いイメージとなると、一般の健常者はチャンネルを合わせてくれない可能性がある。そうなると、番組のもうひとつの目的である「健常者に地雷被害者への理解を促し、被害者に対する差別意識を解消すること」、「新たな地雷被害者が出ないようにすること」を達成できない。そこで白羽の矢を立てたのが、プリエップ・ソバットである。日本人で人気スターは誰?と聞くと、歌手や俳優、様々なジャンルのアーティストの名前が挙げられるだろう。しかし、カンボジアでは唯一、同じ名前が返ってくる。それが、国民的アイドルでスーパースターのプリエップ・ソバットだ。
全身全霊の説得が実る
古川純平君が彼の名前を挙げたとき、CMC現地スタッフのキム君は耳を疑ったそうだ。「プリエップ・ソバット?!!何を考えているんだ、不可能に決まっているだろう。お金をいくら積んでも相手にされないさ」。それでも古川君は大真面目に、「彼しかいない、彼が必要だ」とプノンペンにあるソバットの事務所通いを開始した。
最初は5秒で追い出された。日を改めて再訪問―やはり同じだ。それでもめげずに通い続ける。「また来たの・・・まったく・・・」、「彼は忙しくてそんな暇ないのよ」。断られながらも辛抱強く説得を続けたある日、「分かったわ、彼に会わせてあげるから直接話しなさい」。古川君の熱意に根負けしたソバット事務所のお姉さんからの言葉に、キムと2人で飛び上がった。ついに、スーパースターに会うことが実現するのだ。後で分かったことだが、そのお姉さんはプリエップ・ソバット夫人その人であった。
ソバットとの直接交渉は、順調に進むかに見えた。古川君の、つたないながらも熱意のこもったクメール語の説明をゆっくりと聞き、そして答えてくれた。「番組の内容も良いし、カンボジアの人々にとって、とても役に立つ。DJとして出演しよう。ただし、スケジュールは合わせてもらわないと・・・」。事実、ひっぱりだこで超過密スケジュールのソバットとは、その後も日程を合わせるどころか、打ち合わせすらできなくなった。何度電話しても不在。やっと話せたかと思うと「やはり日程が空かないので、ほかの歌手を紹介する」との返事。「あなたでなければ駄目なんです」と祈るような気持ちで説き続けた末に、日程設定OKの連絡が入った。全身全霊の一カ月であった。
つづく
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