躍動するアジアと北部九州都市圏 国際拠点空港としての空港整備を
「アジアの玄関口としての機能を十二分に発揮する空港機能の整備は、北九州・福岡両都市圏経済にとって喫緊の課題だ。それは、九州一円から西日本一帯で主導的立場にある両都市の責任でもある」と説く重渕北九州商工会議所会頭。躍動するアジアの都市間競争のなかにおける北九州空港の位置づけについて聞いた。(聞き手:弊社代表 児玉 直)
躍動するアジア 迫られる空港整備
—前回の北九州空港についての取材では、福岡市の中心、博多区中洲のリバレイン地下駐車場から車を走らせましたが、50分で空港駐車場へ着きました。北九州空港の福岡都市圏からの意外な近さを実感しましたが、その上駐車場の料金が1日390円という安さで取材スタッフと2度驚いた次第です。
重渕 九州自動車道北九州ジャンクションから東九州自動車道方面へ走り苅田・北九州空港ICを降りれば、正面が空港島です。また、中部国際空港や関西国際空港の連絡橋は有料ですが、総延長8キロに及ぶ北九州空港島の連絡橋は無料です。連絡橋から望む、周防灘、豊予海峡、瀬戸内の景色だけでも素晴らしものがありますが、あの景観を無料で楽しめるのは空港の利用者の特典です。
—「ものづくりの復活」という点からか北九州都市圏が力強い変化を遂げているということをここの所実感します。そのような中で、海外に目を転じれば躍動するアジア経済があり、人的交流も増える。一方で国境を超えた都市間競争も激しい。このアジアのパワーを九州にも呼び込み、また競合に挑まなければならないのですが、その出入り口としての空港というインフラの整備が今一つ立ち遅れています。
重渕 そのような近隣の動きに対応するために、東から成田空港、中部、関空と並べて、もう一つ、アジアに直近の九州北部に周辺諸国の空港に負けない充分な機能を有した空港を整備することが明日にでも必要です。その実現は、北九州・福岡両都市圏にとって喫緊の課題であり、九州地域を牽引し、西日本一円に影響を持つ両都市の責任ともいえます。独立行政法人国際観光振興機構の調査によると、2007年に日本を訪れた外国人旅行者(推計値)は前年比13.8%増の834万9,000人で4年連続で過去最高を更新しています。これらの数値の中心は中国、台湾、韓国などからのものであり、アジアに近接するという立地から九州を経由しての入国数の伸びがひときわ高いようです。観光面を見ただけでもアジアからの人の流入の激しさを実感させられるわけですが、ビジネスも含めて、このパワーを受け入れるゲートとしての空港機能の拡充をこの北部九州で急ぐ必要があります。
高いポテンシャルを持つ北九州空港
—しかし、新空港建設となりますと、明日話がまとまっても開港までには15年、20年の時間がかかるということになります。
重渕 その通りです。そこに北九州空港の役割があります。北九州空港は海上空港ですが、水深は7メートル程度で浅い所に建設しており、岩盤も強固という好立地です。静かな内海面である周防灘に、関門海峡の浚渫土砂を埋め立て建設したことで1,042億円という割安な予算ですみました。そのような北九州空港のことを「小さく産んで大きく育てる空港」とわれわれは、言うのですが、文字通り2,500メートル滑走路1本で小さくデビューしたわけです。しかし、空港島は南北に4,125メートルありますから、現滑走路を3,000メートルに延ばせば、850人が乗れるエアバスA380を飛ばすことも、北米や欧州向けのジャンボ機を飛ばすことも可能になります。滑走路をもう1本ということになれば、東西に900メートルの幅を持つ現在の空港島であれば、ターミナルを移動させるなどで可能ですし、永久に浚渫が必要な関門海峡の土砂を、引き続き使いその幅を広げることことも容易です。これら指摘するように「大きく育てる」ためのポテンシャルを北九州空港は、十全に備えているのです。その上、漁業権の問題も開港前に全て片付いていますし、沖合3キロの立地ということから周辺への騒音被害の心配もない。すぐにでもアジアに向けたゲートウエイとしての空港機能をこの北部九州のどこかで実現しょうとすれば、この恵まれた条件の北九州空港の拡充が理想ではないでしょうか。現在既に、24時間運用している空港であることも、アジアをはじめとした海外に向けての拠点空港としての要件を満たしています。
ペア空港としての両空港の活用を
—会頭のおっしゃる通りですね。今後、たとえ10年でも有余はありません。すぐにでも、九州全体を考えた空港の整備が必要です。そのような差し迫った状態があるわけですが、幸いにも福岡県を中心にした九州ブロックの経済圏には僅かに手を加えれば「大きく育つ」可能性を持つ北九州空港がある。しかも、その可能性は、当面の代替策としてというような枠組の小さな話しではなく、国際拠点空港として十全なものがあるということですね。
重渕 アクセスについても、軌道系の導入が開港当初からの要望として地元にはありますが、新幹線を小倉から通せば、約960億円で建設できる試算がでています。これが実現すれば、博多からも30分程度で結べることになるわけです。福岡空港と北九州空港間は羽田と成田間よりも近いわけですから、福岡と北九州の2つの空港を旅客と貨物、遠距離と近距離の棲み分けを行い、ペア空港として九州全般から西日本にかけての航空需要に対応する機能を果すことができるかと思います。北九州空港単独の利便性を考えて、新幹線をという話になれば、それは無理ということにもなりますが、九州や西日本全般を含めた、今後の空港整備をどうするべきか、という巨視的、長期的な視点に立てば合理的なことです。
—ところが、日本の航空政策には戦略がありません。会頭が指摘されるような九州全体や西日本一帯を考えての空港に関する議論や、アジアのパワーを取り込む方向での空港整備といった視点が抜け落ちて今日まできました。日本の空港整備がそのような、言ってみれば無策の状態で行われている一方で、近隣のアジア各国は急速に空港を整備してきました。
重渕 この10年が勝負です。福岡空港を第一福岡空港とし、北九州空港を第二福岡空港と呼んで整備してもいいわけです。空港に対する政策は勿論、国際社会における戦略が欠けているわが国の対外政策全体を転換しなければ追い上げてくるアジア諸国に敵いません。
新興アジアが持つ戦略の巨大さ
—日本とアジア諸国の違いは何処にあったとお考えですか。
重渕 韓国の仁川国際空港が東アジア地域の事実上の国際ハブ空港になりました。関西から西の航空旅客の多くが、仁川空港を経由して海外への往復を行っています。港についても同様で、03年ベースで釜山は1,036万TEUのコンテナ取り扱い量で世界第5位となりハブポート化に成功しています。80~90年代にかけて段階的にコンテナバースを開設しながら、超大型船への対応、IT関連の一本化等ソフト面でのシステムの構築や、年間365日24時間稼働のターミナル作業の実現。港湾料金港湾使用料・荷役料などの競合に勝ち、国際ハブ港として優位性が確保されています。このように空港や港湾建設に関する政策を韓国は国策として「選択と集中」を行うことで成功したのです。空港、港湾、何れもを見ても、新興のアジア諸国の戦略には巨大さを感じます。
「選択と集中」へ国策転換を
—先般、上海新港・洋山港の視察を行ないましたが、巨大さという点では、あそこを見せられると、日本の港湾整備がいかに戦略がなくお粗末であったかということを、まざまざと感じさせられますね。島を切開き建設した港湾施設全体の面積が6,000ヘクタールと言いますから、福岡市の人工島の15倍です。それだけではなくて、その対岸には臨港新城という、いわば新港のバックヤードとして金融・貿易・ ビジネス・住宅・娯楽施設・教育施設などを集積した3,000ヘクタールに及ぶ人工都市を建設している。
重渕 中国における港湾整備も、世界経済に踊り出すために国のレベルで政策の選択と集中が徹底された結果と言えますね。ところが日本で港や空港を造るとなると、陳情に対する予算の配分という発想で行なわれ、国際間の競合などは政策判断の基準にはなかったのです。釜山港や上海新港に対抗しようと、02年に国土交通省の交通政策審議会がスーパー中枢港湾構想を発表し、京浜港(東京港・横浜港)伊勢湾(名古屋港・四日市港)阪神港(大阪港・神戸港)の3港が指定されました。その後、九州でも国内で4番目となるスーパー中枢港湾指定に向けて博多港と北九州港をあわせた検討がおこなわれています。先に指定されている3港が何れも太平洋に面した港であるのに対して、博多・北九州の両港は日本海に向いた港であり、日本海をまたいだ東シナ海の先に新興のアジア諸国が位置することを考えると是非とも指定を実現したいところですが、今のところ話が進んでいません。陳情に対する予算の配分という発想を捨て、「選択と集中」へと政策判断のシステムを変える必要があります。
大北九州市・大福岡市構想
—北部九州にアジアの玄関口としての実体を作るには、かなり広域に及ぶゾーンとしての開発構想が必要と思います。釜山にしても、西側にも新しく港ができ一層広域化します。仁川空港でもソウル市内から60キロほどです。上海の浦東空港は市街地から48キロあります。諸外国ではそのくらいのエリアで経済圏が考えられ都市インフラが整備されています。人口にしても、100万人、150万人程度ではなく300万人、400万人の規模を一体として考えていかなければ、とてもアジア諸国の都市との競合には適いません。
重渕 九州は一体感が他の地域よりも強いためだと思いますが、全国的に見て道州制論議が一番進んでいる地域です。道州制の導入が実現すれば市町村などの基礎自治体の役割が生活に直結した行政サービスという点で、現在より重要になってきます。一方で、北九州市や福岡市のように地域を代表して世界の都市間競争に伍してきた都市にとっては、競争力を高めるために広域都市としてまとまるということも考えられます。いわいるグレートシティ構想です。先ほどから話題に出ている釜山は正式には釜山広域市と言いまして、日本の都道府県に相当する広域地方公共団体である道から独立した行政体です。面積は北九州市の1.5倍、人口は約400万人。上海市は中国国内に4つある中央政府の管轄を直接受ける直轄市の1つで面積は北九州市の15倍、人口は1,900万人近くです。両都市は何れも、広域に及ぶ市域を有した上に、特別な行政上の権限も併せ持ち強大な体力を備えています。アジア各都市との都市間競争に勝ち抜くとは、釜山広域市や上海直轄市が持つ体力に伍して行かなければならないということでもあるのです。
中部地区でも名古屋市を中心に岐阜市や四日市市を含めた大名古屋市構想が話として出てきています。福岡都市圏、北九州都市圏についても、その圏域400万人の人口をまとめた大北九州市,あるいは大福岡市として強力なグレートシティを構成し競合していく、ということも考えられます。
道州制移行と連動したインフラ整備を
—道州制の導入を中心とした地方の制度設計論議も、そのような具体的な都市論まで進む時期にきているということですね。
重渕 空港や港湾、そして鉄道や高速道路などの大規模インフラ整備については道州制への移行に伴う、都市形態の将来像を見据えて考えていくことが必要です。また、重ねて申し上げますが,県内の2つの政令市は、九州や西日本一円、ひいては日本全体の将来についての責任を果すという観点から、ハード、ソフト両面で今後の方向性を考え提言していくことが求められているとも思います。北部九州の空港をどうするかという問題は、われわれが求められている将来に向けての責務からくる典型的な課題であり、緊急に取り組む必要がある問題です。
—本日は、広い視点からの重渕会頭のお話に、大変多くの示唆を受けました。北九州都市圏はもちろん、県の枠を超え九州、そして日本全体への責任を果たしたうえで、アジア、世界の各都市に伍していこうという大きな観点から北九州空港の位置づけが重渕会頭にはあるわけです。ここの所、どこか卑小になっている県内の空港問題に関する論議に大変な刺激を与えるものと思います。ありがとうございました。
重渕 ありがとうございました。
[プロフィール]
重渕 雅敏 氏
1935年 福岡県生まれ
1958年 東洋陶器株式会社入社(現:TOTO)
1983年 同社取締役
1987年 同社常務取締役
1992年 同社専務取締役
1998年 同社代表取締役社長
2003年 同社代表取締役会長
北九州商工会議所
2001年 議員就任
2004年 会頭就任