新医師臨床研修制度と過酷な勤務状況によって、産科や小児科の医師は確保するのが難しい。この状況にさらに拍車をかけているのが、「訴訟リスク」だ。
かつて福島県立大野病院産科医逮捕事件という事件があった。
2004年12月17日、当時、産婦人科常勤医師が「一人医師体制」だった同院で、帝王切開中の出血により患者が死亡した。経過としては、癒着胎盤の剥離中に多量の出血が生じたため、追加輸血をおこない、輸血終了後に血圧上昇を確認の後、子宮を摘出。その後、止血操作中に突然心室細動となり、心肺停止状態に。蘇生を試みるも妊婦は死亡した。
そして、2006年2月18日、業務上過失致死罪および異状死の届出義務違反(医師法違反)の疑いで担当医師が逮捕、3月10日に福島地方裁判所に起訴、現在係争中であるが、この影響もあり、「逮捕されるリスクがある」という認識が広がっており、産婦人科が婦人科のみにしたり、産婦人科を志望していた医学生がその志望の選択肢から除外する傾向が強くなっている。これが「訴訟リスク」なのだ。
では、小児科の場合はどうか。先日、福岡市内における、小児科医の員数は近年増加傾向にあることはお伝えしたが、実は潜在的に「訴訟リスク」が存在している。
福岡市内の注目すべきデータとして、子どもの「発達障害」が激増している。発達障害とは、一般的に、乳児期から幼児期にかけて様々な原因が影響し、発達の「遅れ」や質的な「歪み」、機能獲得の困難さが生じる心身の障害のことを指すが、福岡市では平成5年を境に増加に転じ、当時の50人から、平成18年には248人にまで増えている。
平成5年というのは厚生省がWHO/UNICEFの母乳推進キャンペーンの後援を開始した年である。母乳推進キャンペーンについては、WHO/UNICEFの推進する「母乳育児を成功させるための10か条」(http://www.unicef.or.jp/library/pres_bn2006/pres_08_01.html)を参照していただきたいが、できるだけミルクやその他のものに頼らずに、母乳だけで赤ちゃんを育てよう、という取り組みである。
しかし、生まれた直後の低体温状態にある赤ちゃんに30分以内に母乳を与えたり(第4条)、母乳以外の水分、糖水、人工乳を与えたりしないことを奨励する(第6条)ことで、かえって、赤ちゃんの低体温や低血糖を引き起こし、それが発達障害の原因になっているのではないかという指摘がある。
実際に、福岡市ではこのキャンペーン推進と同時に発達障害の子どもが増えていることからも何らかの因果関係があると考えることはできる。
幸いにして、今のところこの発達障害に関して何らかの訴訟があったことはないが、万が一、それを「現場のせい」だとする訴訟が一件でも起これば、燎原の火のように広がる恐れがあるのである。そうなれば、小児科医になりたいと思う医学生は激減するであろうし、職を変える医師だっているだろう。これが小児科に関する潜在的「訴訟リスク」である。
であればこそ、医師の「ぶんどり合い」になっている地方としては、「訴訟リスク」を減じ、医師が医師で在り続けるためのインセンティブを高めるためにも、より良好な医療環境の構築が求められるはずなのである。
つづく