アメリカの民主党候補が、やっとオバマ氏に決まった。アメリカは「変わる力」を求めているのである。テロとの戦い、イラク、アフガニスタンでの戦闘が続いている戦時下、国政の経験が3年という未知数の若い指導者に、国の命運を託そうとしている。
民主党の支持者は可能性の選択をして、変化を求めている。ブッシュ政権の守旧勢力に対する嫌気、経済、医療、教育まで、様々な分野での閉塞感から来ているのだろう。日本の政治もアメリカと同様に自民党、霞ヶ関官僚の守旧勢力に対し、後期高齢者医療制度導入、ガソリン税の暫定税率の再導入問題など、国民がはっきりとノーと突きつけているにもかかわらず、国民の反対は単なるポピュリズムとして、程なく熱は冷めると思い込んでいる。日本のエリートとして、自分達の政策が正しいと信じているようだ。
前述したように、世界の指導者のエリートには、国のため命を懸ける覚悟が出来ている。歴史、音楽、芸術、哲学、文学、など、何の役にも立たないような教養を身につけていて、圧倒的な大局観と総合判断力を持っているのである。そのようなエリートには、汚職や贈収賄があったと聞かない。国民に対し命を懸けている彼らは、国民を欺くことはないのである。
日本の霞ヶ関官僚は、深夜のタクシーで居酒屋まがいの接待を受けたり、防衛次官のゴルフ接待、自民党政治家の業界との癒着、挙げれば枚挙にいとまない。自分達の利益だけを考えている、そのような人たちが、自らがエリートと称し、国民の大多数の反対を押し切る権利がどこにあるのだろうか。
欧米のエリートと言われる人たちとは全く違う、ということを我々は理解しておかねばならない。
積水ハウスは形の上ではトップが変わった。トップが替われば企業経営はガラリと変わるのが常だ。舶来品をグローバルスタンダードの錦の御旗に掲げ、トップの都合のいいように、呼称を変えただけではないか。中身は旧態依然たる和田体制であるなら、何の変化も起こらないだろう。本音と建前を使い分け、意思不明な駆け引き上手、調子のいいこと、耳障りのいい言葉を発したほうが支持されて重用される、脆弱な人間関係等々、その裏には、本当は実力があるのに、世渡りが不器用なだけで日の目を見ず、優秀な人材が流出していく悲劇を繰り返していては、積水ハウスの士気は上がらないだろうと思う。
全員が反省すべきである。呼称を変えて新制度を導入しても、所詮は人間が作り出し、コントロールするものである。トップの意思がダメな場合は、運用を自在に解釈し、権力を温存したいと思っているのであれば、従来と変わらないのである。改革の本質は何なのか、全社員で見極める必要があるのではないだろうか。
野口孫子 (敬称略)
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