市民不在 福岡市政めぐる暗闘
福岡市政は誰のための在るのか?そうした素朴な疑問を抱かざるを得ない。
山崎広太郎前市長から民主党系の市長へ、そして1期4年で交代させるという一連の動きは、一部の権力者の既定路線であるとされる。
根底にあるのはズバリ「利権」である。
桑原市政は「箱もの行政」「開発優先市政」と揶揄されたほど、大型の公共事業が相次いだ。インフラ整備で福岡の都市機能が充実した一方、膨大な借金も残してしまう。
さらに、利権に群がる「政・官・業」の役者たちによる癒着構造は、数々の事件を引き起こす。地下鉄工事を食い物にしたとされる「自民党パーティ券事件」、現職局長の逮捕へと発展し、市の建設行政を揺るがした「河本建設事件」、今も裁判が続く「ケヤキ庭石事件」など枚挙にいとまがない。
また、博多リバレインの破綻や人工島事業の行き詰まりなど、山崎市政時代になって、さらに負の遺産は顕在化する。
もちろんバブル期に重なる桑原市政の時代と同じ状況が長く続くはずもない。財政再建のかけ声とともに、公共事業のパイは減少、大型開発も軒並み中止か規模縮小に追い込まれる。それは山崎広太郎氏の選挙公約でもあり、市民の選択でもあった。
当然、山崎市政下ではそれ以前の桑原市政下で培われた利権構造に大きな変化が生じる。そして、少なくなったパイに山崎前市長に近いとされる新興勢力が食い込みを見せる。
面白くない人たちが増えていくのは自明の理である。特にそれまで利権を独占してきた面々にとっては我慢がならない。
「山崎3選阻止」は、そうした旧勢力による周到な戦略だったという。市民の猛反発を呼んだ、唐突な山崎前市長のオリンピック招致は、そのための格好の材料にされてしまう。
財界に対しても「1期4年、民主系の市長で・・・」との意向が伝えられていたとされる。当初、自民党県連が山崎広太郎氏推薦を渋ったのも、そうした動きの証左であると解説する政界関係者も存在する。当時の自民県連幹部から反山崎ともいえる発言を聞いたマスコミ関係者は少なくない。
とりあえず、山崎氏に退陣してもらう。次に民主系候補が市長になっても、しょせん議会では少数会派を拠り所とする吉田市長の庁舎内基盤はもろい。いずれ、市長は力の強い方に頼らざるを得ない。
4年間、吉田市長を揺さぶりながら、取り込みを図り、利権構造を旧に復す。そして次の市長選挙で新たな「みこし」を担ぐ。巷間伝えられるこうした話には説得力があることを認めざるを得ない。
現実に、山崎氏は市政の舞台から退場し、吉田市政はダッチロール状態、早くも次の市長候補の名前が取りざたされている。
もちろんその中には、こうした現状を憂える人たちも含まれている。
利権のための福岡市政から市民のための福岡市政へ、それこそが次の市長選の目標でなければならない。
わずか橋2本でつながる人工島に、幼い命を預かる「子ども病院」を移転させることは、子どもを持つ親なら考えられないことだろう。人口島の土地を税金で購入するための「道具」に子どもの命を使う市長は、確かに1期4年で交代してもらうしかあるまい。
誰のシナリオであるにしろ、「必然性のない利権話」で市民を振り回すことは絶対に許されない。
それにしても市民不在の福岡市政、どこに怒りをぶつければいいのだろう・・・。
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