結果的に刑事事件にまでなったストレッチャーからの転落・死亡事故だが、事故を起こした特別養護老人ホーム「L」から福岡市に提出された「事故報告書」を一読すると、不自然な点が多い。
まず、先述したとおり、<事故の内容及び経緯>からは、転落時に介護職員が何名いたのかがはっきりしない。「介護職員が移動用ストレッチャーのサイドバーを下げた状態で反対側へ移動したため、ストレッチャーから転落する。」と記されているだけで、これでは介護職員は1人しかいなかったとしか読み取れない。
施設によっては、何人もの入浴をたった一人で終わらせる場合もあるというが、被保険者の立場からすると「満足なサービス」とはとてもいえない。要介護度5の入所者を入浴させるのに1人で対応するということ自体、無理があるのではないだろうか。そういった意味からすると、「人手不足」の現状が招来した事故なのかもしれない。
次に、「移動用ストレッチャーのサイドバーを下げた状態で」というくだりに注目してみたい。入浴用ストレッチャーに移す際の事故であるから、ある時点で転落防止柵であるサイドバーを下げなければならないのだが、介護職員は、先にサイドバーを下げて移動している。当然、自身の身体と逆方向への入所者の転落を止めることはできない。専門家に聞いたところ、絶対にやってはいけない行為だという。単に手抜き介護、不注意といった言葉で済まされることではなく、介護サービスと呼ぶに値しないものであろう。
介護職員は人の命を預かっている、という意識が欠如していたとしか思えない。介護サービスの質の低下を憂える声は少なくない。それは、介護現場の職員の質の低さや人員不足に由来するものでもあろうが、一方では、施設を運営する法人そのものに問題があると指摘する関係者も多い。そして、この事故はまさに運営法人そのものの体質が問われる事件となるのである。
事故報告書の「事故発生時の対応」欄には、「○○○病院へ搬送する」(○部分は市役所が黒塗りした部分)とだけ記されている。<治療の概要>にも、「○○○病院へ搬送する」としか書かれていない。119番通報や救急搬送といった記述は一切ないのである。ストレッチャーから転落して頭部を強打したことは「施設にて頭部止血処置、バイタルチェック」との記述からも明らかである。にもかかわらず、この特別養護老人ホームは、救急車による搬送を行なわず施設の車で「協力病院」へ運んだというのである。
特養「L」は中央区、そして協力病院「S」は城南区のはずれである。お粗末な介護サービスによって転落事故を引き起こしながら、遠方の病院まで悠長に自家用車で搬送する神経は理解に苦しむ。なぜこうした杜撰な、そして人命軽視の「介護サービス」が行なわれたのか?
つづく
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