日本共産党の志井和男委員長が、2月の国会で取り上げた派遣労働への質問が反響を呼んでいます。『(志井さん自身は)「反響が起こったのはうれしいけれど、非常に重い責任を感じます。解決まで一緒に戦わなければ」と語っていて浮かれたところは全くない。(5月21日、毎日新聞夕刊)』と報じられています。ワーキングプアに代表される当今の格差問題の中核に派遣労働があります。志井さんのブログには、「(質問は)よくやった」という意見のほかにも、「共産党の名前を変えたら支持する」という書き込みもあったそうです。しかし、伝統ある「共産党」の名はとても捨てられないでしょう。
1848年2月末、ロンドンでマルクスとエンゲルスが共著の形で「共産党宣言」を公刊しました。このとき「共産党」という名が初めて世に出ました。この本の前文に「ヨーロッパに幽霊がでるー共産主義という幽霊である」という有名な言葉があります。マルクスは「政府党は、自分より進歩的な反対党を「共産主義」と決め付けて罵っていた」と皮肉っています。かくて共産主義の幽霊物語に終止符を打たんとするマルクスの主導により、各国の共産主義者がロンドンに集まり「共産党宣言」を採択しました。その後の「共産主義」は、思想的には「マルクス主義」として展開されることになります。
最近、小林多喜二の「蟹工船」が若者を中心にブームを呼んでいるそうです。「蟹工船」は過酷な労働条件のもとで酷使される乗組員の悲劇を描いたプロレタリア文学の代表作ですが、小説のストーリーに、人間らしい労働が破壊されつつある現代の派遣労働が重ね合わされているのでしょうか。最近では欧米でもマルクスが見直され「共産党宣言」などもさかんに読まれているそうですが、その底辺には全世界的な社会格差問題があると思われます。「共産党宣言」の第一章の書き出しは「今日まであらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である。」となっています。マルクスはブルジョア階級とプロレタリア階級の階級闘争によって、最後はプロレタリア階級が勝利すると言っています。
現代では、ブルジョア階級は資本家であり、プロレタリアは労働者と言えるでしょう。マルクスは、資本家が利益を獲得するための仕組みが資本主義で、その際限なき利潤追求がやがて社会を破壊するだろうと予言しましたが、最近のサブプライムローン現象など、マルクスの予言は的中しつつあるようです。資本主義の行き着くところは自己責任を強く追及する市場原理主義ですが、それでは誰もが幸福になれる健全な社会は実現しないでしょう。「勝ちさえすれいい」という弱肉強食のルールは社会制度を破壊します。マルクスを俟つまでもなく、ルールなき資本主義は批判・修正されるべきです。資本主義にこそ倫理が必要なのです。
階級闘争理論を一貫して唱えたマルクスは、「共産党宣言」の最後で「万国のプロレタリア団結せよ!」とブルジョア階級とのあくなき闘争を呼びかけました。しかしながら、現代におけるブルジョアとプロレタリアの階級的対立は当時ほど尖鋭ではありません。庶民が株式投資などで資本市場に進出するようになると資本家と労働者の利害は一致します。また、中国ではすでに共産党の一党独裁となっていて制度的な階級は存在していません。これからの全人類的な課題は環境や飢餓・貧困などの困難な問題を解決し世界を変えていくことです。もはや階級闘争の時代は終わりを告げたと言ってよいでしょう。
しかし、世界を変えなければならないとして、革命運動に生涯を捧げたマルクスの情熱は現代にも生きています。ロンドン・ハイゲート墓地にあるマルクスの墓には、「哲学者は世界をいろいろな方法で解釈してきただけだ。大切なことは世界を変えることである」と刻まれています。
小宮 徹
(株)オリオン会計社 http://www.orionnet.jp/