さまざまな課題を抱えながら後期高齢者医療制度がスタートしました。評判もよくないうえに、呼び名も「後期高齢者」とは固くて冷たい感じがします。「高令者」の方が語感はよいのですが、辞書では「高齢者」となっています。「齢」は「よわい」という意味で、「令」の本来の意味は「いいつけ」ですから「高令者」という言葉が辞書にはないことは分かりますが、一方、「令」という言葉は、「令夫人、令兄、令孫」といった人を尊敬する接頭語としても使われますから、尊敬の意味をこめてここで「光輝高令者」とか「高貴高令者」という言葉を使ったとしたら受ける感じは随分違ったものになっていたでしょう。もっとも、官僚が辞書にない言葉を使うはずもありませんが。
今年で102歳を迎える曻地三郎博士は世界一の現役教育学者として、いまなお現役で活躍されています。博士は、56年に九州大学で医学博士号を、61年には広島文理科大学で文学博士号(心理学)を取得されました。論文の骨子は「障害のある子供たちの劣等感を理解し、解決していくための研究」ですが、その根底には、長年にわたって医学の世界で不治永患児、教育の世界で教育不可能児と言われた重度心身障害児の子供たちと取り組み、試行錯誤や研究の日々から生まれた博士の実践教育原理があります。
昭和11年に生まれた長男と昭和22年に生まれた次男が、お二人とも脳性小児マヒにかかり、親として悩んだ博士は私財をなげうって筑紫平野の蓮華畑の真ん中に「しいのみ学園」を創設しました。昭和29年のことでした。最初博士は「福岡治教育学園」という名前にしようとしましたが、露子夫人に「子供たちが分かる名前にしなければ」と言われて、そのときたまたま食べていた椎の実に因んで「しいのみ学園」と命名にされたそうです。翌年、新東宝で香川京子、宇野重吉主演で「しいのみ学園」が映画化され、全国津々浦々に上映されて障害者教育の起爆剤となりました。
博士の教育理念は「温かい愛情と厳しい研究」です。幼児教育、特に三才児までの教育が大事だとされる博士は、03年「三才児教育学会」をつくり、親子で参加する手作りおもちゃ教室を始めました。遊びを通じてものをつくる喜びと親を尊敬する気持ちを植えつけると、初めて人間としての基礎的訓練が可能になると、博士は言っておられます(08年5月15日、九大学生新聞より)。今、博士は80年にわたる教育人生の集大成として“幼児教育の大切さ”を訴えて世界中をとびまわっておられます。今年の8月には、4年連続5回目の世界一周講演旅行に出発される予定だそうです。
ご子息の病気を契機として恵まれない幼児の教育に生涯を捧げ、その思想を世界に伝えるべく100才を超えてなお新たな挑戦を続けられる博士こそ、まさに「高貴」にして「光り輝く」高令者であります。
小宮徹
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