2005年2月の第9次カンボジア地雷撤去キャンペーン(以下CMC)スタディツアーで入国以来、カンボジア駐在員としてラジオ番組「VOICE OF HEART」のアンケート調査などに駆けずりまわった渡邉雄太氏は、次にカンボジアのエイズ問題の現状調査に取り掛かった。
増え続けるエイズ患者
カンボジアでは、内戦終結、92年からの国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による駐留、選挙実施などにより難民の帰国が増えていくなかで、エイズの問題が表面化してきた。CMCが2000年から支援してきたバッタンバンにある第五軍病院は、もともと戦争や内戦で傷ついた兵士の治療のための病院であり、地雷被害者も多く収容されていたが、現在はエイズ患者が急激に増えてきている。この事態を危惧したCMC本部は、カンボジアの現状を把握し、世界に知らせるため、エイズに関する調査を開始した。それにより見えてきたことは、資金不足が深刻で十分な治療ができないという現実だった。
深刻な資金不足
第五軍病院では、現在240人(医者15人、看護婦67人、薬剤師20人、その他事務職員、ドライバー、清掃係、料理人など)のスタッフが働き、エイズやマラリアなどに苦しむ数多くの患者を受け入れている。患者の診察費、入院費はすべて無料。国立ではあるが、資金不足は深刻だ。CMCの他に、ファミリー・ヘルス・インターナショナル(アメリカのNGO)のサポートがあるが、とても追いつかないのが現状である。病院敷地の隅に救急車3台が止まっていた。しかし、2台は埃まみれで修理することすらできない。
渡邉氏は、第五軍病院の副院長キム・テン氏宅に招待された際、氏が語った言葉を今も忘れることができないという。「私は内戦の際、毎日のように7、8人の兵士を傷つけてきた。思い出すと今でも胸が痛む。今は、傷つき苦しんでいる患者さんを一人でも多く救いたい。それが使命である」。
現在、第五軍病院が抱えているエイズ患者の数は、外来患者130人、入院患者20人である。外来患者もいずれ入院しなくてはならない。エイズは治すことができない病気であり、できることは延命、痛み緩和のための治療である。1年に数名のエイズ患者が第五軍病院で亡くなるという。一度病院にかかった患者は、一生、通い続け、薬を飲み続けなければならないのだ。HIVウィルスに感染してから、エイズが発症するまで、半年から20年。発症し通院を始めてから、症状が重くなり入院を必要とするまで、早い患者は2カ月だという。何年間も投薬だけで、日常生活に差し支えない患者もいる。入院患者は、入院後1年と生きられない人もいれば、現在入院8年目という人もいる。病状やその進行は個人差が大きいため、適切な診察、薬剤の選択、投与量が重要となる。
毎週、月・水・金の3日間でエイズ患者の診察を行なっている。診察日には20人ほどの外来患者が訪れる。火・木についても患者が来れば診察に応じるという。エイズの感染経路は、多い順に(1)性交による感染、(2)注射、輸血による感染、(3)母子感染、(4)医療事故となっている。
入院患者の病棟では、窓ガラスが割れている所も多数見受けられた。そのなかで20人の患者が入院生活を送っている。実際には入院が必要な患者はもっと多くいる。しかし、ベッドはあっても、患者やその子供の食事や生活をサポートするための資金が無いため、これ以上受け入れることができない。症状の重い患者から優先的に受け入れざるを得ないのが現状だ。
治療は、診察に基づく投薬がメインである。ここで患者に配布している薬は、エイズの治療薬、つまり抗HIV薬ではない。ウィルスの逆転写を抑え、HIVの増殖を遅らせる抗HIV薬は、高価であるため購入不可能であるという。AZT、DDI、DDCというような治療薬は、1人の患者が1カ月飲み続ける量を購入するのに50ドルかかる。病院では、エイズによって生態を防御している免疫機構が破壊されて起こる日和見感染症、悪性腫瘍、中枢神経系の障害に対する薬の投与が行なわれている。各種症状や痛みの緩和、延命のための治療である。しかし、それすら充分な量の薬を確保できていない。
当然、抗HIV薬を使用する方が断然、効果はある。しかし、第五軍病院ではウィルスの増殖を抑えられず、ウィルスによって弱った体を襲う病気の症状緩和が治療の限界であり、今後もこの方針でいくしかないという。もし仮に、抗HIV薬が手に入れることができたならば、それを求めて患者数が現在の150人から1,000人以上に膨れ上がるだろうとのことであった。
つづく
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