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【人生のエナジーは限りなく】 町金融の世界に生きた男の述懐(3)
連載コラム
2008年9月 3日 09:40
井土 芳雄 [いづち・よしお]
1947年7月25日 福岡生まれ
福岡大学 法学部卒業
手形割引を主業務とする市中金融業に勤務
退職後、現在はフリーランスの身となる

新入社員に培われるもの

 1971年3月、入社と同時に社長から金融業のイロハ、そして手形割引の際の手形の見方を徹底的に叩き込まれた井土。それ故、そこに息衝く、地方経済の大部分を占める中小企業の経済活動を目の当たりにし、その表も裏も細やかに見えてきた。だからこそ井土は、市中金融業の面白さを感じ始め、スキルも徐々に整い、それと同時にプライドも醸成され始めてきたことは当然だったと言える。プライドが形作られていくと、業に対しても至誠の心が芽生え始める。

 当時の経営者は、この至誠の心、所謂、忠誠心=ロイヤリティーを給与所得者に求め、また給与取得者本人も、従業員としての地位及び所得向上を目指すために自らの業に没頭し、至誠の心を養っていった。そのころの給与所得者における(とくにここではサラリーマンとしてのホワイトカラーを描いているが)こういった姿勢は、むしろ主流派であり、それを労働組合がバックアップするという時代であった。組合でありながらも、本来のユニオンとしての姿勢や活動はどこかに置き去りにされている状態で、それ故に一億総中流となり得たし、全員一丸となって高度成長を目指し、その結果、世界中が目を見張る経済発展を遂げることができたのだ。

 こうして一人の市中金融マンとなった井土は、ある日、同窓会に誘われて旧知の仲間と再会し、現況報告と相成った。その段階で、井土には基礎的な金融スキルとプライドが形成されていた。

 「おう、井土、久し振りやねぇ、元気にしとうや?」
 「おかげさんで元気たい。おまえはどげんや?」
 「俺だっちゃ元気たい。しかしか、やりようぜ。まあ社会ちゃあ厳しかて言うばってん、どうにかなるもんたい」
 「なかなか調子の良かこと言いよるばってん、ほんなこつかいな」
 「何言いようや。ほんなこったい。なら、そげん言いよう井土はどげんや?」
 「そりゃぁ俺はなかなか厳しかなぁ、と思っとう」
 「なんや、どこに勤めとうとや、俺ゃお前の就職先ば聞いとらんやったごたあばい、どこや?」
 「いわゆる市中金融業たい。手形の割引やらが主だった仕事たい」
 「手形割引?それも銀行じゃなかとや。そんなら金貸しやないか」
 「なんてなんて、井土、お前金貸ししようとや」
 「チョット待ちやい、お前達ゃ金貸し、金貸して言って、人ば悪人のごと言いよるばってん、俺は手形割引ば主にする金融業に勤めよったい。れっきとしたサラリーマンじぇ。俺達ゃ正当に有価証券の売買を行なって、正当に有価証券を流通させよる、正統たる金融業たい。人から陰口叩かれるような仕事は一切しよらんし、今後もそんなことはないと断言するやね」

 その言葉に井土の意地と覚悟を見た同窓生からは、その後「金貸し」の言葉は聞かれなかった。
 井土もまた、そこまでの言葉を吐いた自分に驚きながらも、自らの決意を改めて思い知った。

 その金融会社、井土が入社した71年当時の資本金は700万円。金融業としての資本力は小さく、大きな会社とはとても言えなかった。しかし新入社員、井土のモチベーションに見られるように、そうした至誠、忠誠、そこから起きてくるやる気、モチベーション、それらが社員全員の力として共鳴し出すと、考えもしなかったようなパワーが湧き上がってくる。
 こうなると企業は、経営者の舵取り以上の、そして思い描いていた以上の、まさに夢想が仮想となり、その仮想が構想となり、現実化してくる。そうなれば企業力と組織力ががっちりと手を組み、企業は発展していく。
 それが日本の高度成長時代だったのだ。そして市中金融業もその流れと波に揉まれていったのだった。

つづく



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