井土　芳雄 ［いづち・よしお］ 1947年7月25日　福岡生まれ 福岡大学　法学部卒業 手形割引を主業務とする市中金融業に勤務 退職後、現在はフリーランスの身となる

冬の時代だからこそ活躍した、市中金融

　バブルの崩壊によって、銀行は大なる負の遺産、即ち不良債権を多量に抱え込むこととなった。それまで、市井の人間が羨むほど安全な企業体と思われていた銀行の経営も、青息吐息となり、当時の行員は、不良債権回収のため、必死に駆けずり回っていたものだ。それでも、業績はなかなか回復せず、業界は離合集散を繰り返した。金融再編が進む中、ようやくの思いで銀行は、不良債権の処理を進めたのであった。
そうした中、銀行が保身に走ることによって、中小・零細企業はもちろん、従業員1,000名を超えるような中堅企業でさえ、強烈な痛みに苛まれる事態が相次いだ。銀行から、借入金の返済を無理矢理迫られる、いわゆる“貸し剥がし”が横行したのである。銀行は、企業の深い恨みを買うような仕打ちを平気で行なうことによって、不良債権の穴を埋めてきたのだ。

　まさしく、銀行金融“冬の時代”である。だからこそ、市中金融業は、中小企業にとっての潤滑油、あるいは味方を任じていたのであった。
井土には確信があった。懸命に働いて手にした、汗の滲むような臭いのする手形は、必ず落ちる、と。余程のことがない限り大丈夫だとの見極めをつけたうえで、手形割引を実行していた。
手形割引を依頼する電話が入ると、まずは一通りの話をしたあと、依頼主の会社を訪ねる。もしくは、先方が来社する。その際、相手がそれなりの規模を持つ企業であれば、経理担当部長や課長が応対するのが常で、身なりは綺麗で、キチンとした格好をしている。しかし、小さな会社の責任者なり経営者に会う場合、相手がバリッとしたスーツで身を固めていたりすると、井土は「これは何かあるな」と感じたものだ。手形に関連する書類があらかじめ揃えられたりしていると、その周到さに、「何かある！」と危険信号がともったという。即ち、その書類とは、売買契約書や業務委託契約書、および、それらに付随する印鑑証明書などのことである。

　銀行が貸付資金を有しているにもかかわらず、貸し渋りを続ける中、資金調達と経営支援を行なっていたのが井土であり、市中金融業であった。中小企業が資金調達で四苦八苦していても、商業手形さえあれば、有価証券として信用度に関する調査を経たうえで、正式な売買を行なっていたのである。
だからこそ中小企業とその経営者は、市中金融業者を活用することになるのだ。そして、市中金融を利用したことのない経営者は、幾つもの驚くような体験を通して、それまでの市中金融業者に対する思い込みが、誤解に満ちたものであったことを、知ることになる。
例えば、商業手形を割り引くために市中金融に持ち込むと、調査の結果ＯＫが出れば、手形はその場で現金と交換される。銀行の場合、こうはいかない。手形割引枠を持ち、枠に余裕があったとしても、現金化されるまでには、数日を要する。市中金融では、そのタイム・ラグは一切ない。
　こうした現実に接した経営者の中には、
　「エッ！ 現金になるのは2、3日後のことかと思ってました。」
　と言って、驚く者が多い。そして、更に驚くことになる。
「エッ！ こんなに金利が安いんですか?」
手形が優良なもので、そのサイトも2～3ヵ月と短いものであれば、当然のことながら、リスクは経営者が負担しなければならない。金利が安くなるのは、自明の理だ。

　他にも、不定期にではあるが、ある程度信用することのできる手形が入ってくることがある。経営者が、そうした手形を銀行で割り引こうとすると、銀行は信用保証協会による保証付き枠を別に設け、その枠内で割引を行なおうとする。この場合、手形入手は不定期なので、当然、枠を使用する頻度は少なくなる。しかし、枠を使おうが使うまいが、信用保証協会に年間保証料を支払わなければならないことになる。経営者にしてみれば、この保証料は馬鹿にならない。そこで、保証協会付き枠を外して、市中金融に戻ってくることになる。そこで手形の割り引きを依頼し、現金を手にするのだ。

このように、市中金融は、活用の仕方によっては、まさに中小企業の救世主となるのだ。

つづく

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