成長をもたらしたビジネスモデル崩壊の危機
東証1部上場のアパート運営大手、大東建託(株)(東京都港区、三鍋伊佐雄社長)は10月3日、投資家連合が提案していた同社の株式非公開化について「実現困難になった」と発表した。米金融不安の影響で、投資家連合が資金を調達できなかったためだ。ファンドが大きな借り入れを起こして実施する買収案件が成立しにくくなったことを裏付けた。
資金調達が難航
今回の大型M&A(合併・買収)は、創業者である多田勝美会長(63)が、個人と資産管理会社ダイショウが保有する株式(発行済み株式の29.2%)を売却して経営から退くことを決めたのがきっかけ。大東建託側は多田会長の保有分を含めた全株買収を、複数の外資系金融機関にもちかけた。
昨年末の最終入札で、国内買収ファンドのユニゾン・キャピタル(東京都千代田区)、米不動産ファンドのエートス・キャピタル、森トラスト(東京都港区)の3社連合が最高額となる9,200億円を提示して優先交渉権を得た。TOB(株式公開買い付け)が成立すれば、ファンドによる日本企業の買収額で最大となる。
3社連合は買収資金として、エクイティ(株主持ち分)の約1,400億円と金融機関からのブリッジファイナンス(短期のつなぎ融資)で約6,000億円、金融機関からの長期借入金で約2,000億円を調達する計画だ。
買収後に大東建託の株主になるエクイティの資金の出し手は、3社連合のほか、オリックスやヘッジファンドなど。長期借入金の融資団は、みずほコーポレート銀行(CB)、三菱東京UFJ銀行、あおぞら銀行、新生銀行、ドイツ銀行などが名を連ね、みずほCBと三菱東京UFJが、その半分を引き受ける予定だった。
だが、9月に入り、みずほCBが融資を断り、3社連合は買収資金を調達できなかった。みずほCBが貸し出す予定だった資金は500億円程度とみられるが、融資実行の前提となっていた大東建託の本社ビルの売却が進まなかったのが理由の一つだという。これで売却交渉は頓挫。お流れになる公算が高まった。
改正保険業法の衝撃
そもそも最大のミステリーは、なぜ、オーナーである多田会長が、保有株式を売却して大東建託を離れる決意をしたか、という点にある。大東建託は、賃貸住宅の戸数拡大を追い風に、2008年3月期の売上高は6,410億円、最終利益は444億円といずれも過去最高を記録。自己資本比率56.5%で、有利子負債ゼロの無借金。財務体質は極めて良好。そのため保有株の売却理由を巡り、さまざまな憶測が飛び交うのも無理はなかった。
多田氏が大東建託株を手放す決断をした最大の要因は「保険業法の改正にあった」という見方で業界関係者は一致している。2008年4月に改正保険業法が施行。これにより、大東建託に高収益をもたらしたビジネスモデルが成り立たなくなるからである。
大東建託は、郊外の地主が建築する賃貸アパートの家賃を保証するビジネスモデルで急成長した。地主は家賃保証をよりどころにして、空き地にアパートを建てるのだ。家賃保証システムはオーナーから集められた共済金によって保証されていた。アパートの空き室時には家賃を保証しますといっても、保証のリスクは賃貸アパートのオーナーが負う仕組みになっており、大東建託は家賃の保証リスクを切り離すことができたわけだ。
改正保険業法によって、この共済制度「大東共済会」は保険業と認定された。そのため、
今年3月末に大東共済会を清算、連結子会社である大東管理による一括借り上げ方式へと移行。この借り上げシステムは、期間が30年。賃料などの条件は、建物完成後10年間は固定するものとして、以後5年毎に見直すものとされている。
賃料保証は、従来では共済制度なので、オーナーから集めた資金を原資にして、大東建託が負うことはなかった。しかし、一括借り上げ方式では、大東建託がリスクを負う。空き室が増えると、コストはとてつもなく膨らむ。しかも、アパートのオーナーにもメリットはない。保証コストを切り下げるため、10年後からの保証賃料は恐ろしく低いものになるからだ。賃貸アパートの経営は、おいしいサイドビジネスにはならないのである。
保険業法の改正で、近い将来、大東建託に急成長をもたらしたビジネスモデルが崩壊するのは確実。業績が絶好調で、つまり株価が高いうちに、保有株をすべて売却することにした、というわけだ。多田氏が保有株を売却すれば、約3,000億円のキャッシュが転がり込んでくる計算だった。だが、米国の金融危機によってファンドの資金調達が難航し、大型M&A交渉が流れてしまった。(日下淳)
つづく