志摩コンクリート工業(株)の親会社であるマツコングループは、1965年12月に岡俊雄氏が旧・松浦コンクリート工業(株)を設立したのがルーツ。岡氏は長崎県佐世保市の(株)杉野組で生コン製造に初めて携わり、64年7月の取締役工場長就任を経て独立した。
その後、81年7月に設立した(株)マツコンを、83年12月に新・松浦コンクリート工業(株)に商号変更し、旧・松浦コンクリート工業(株)をマツコン建設(株)に変更した。84年11月、別途設立した(株)マツコンを85年2月にマツコン商事(株)として商号を改め、ここにおいてマツコン建設(株)を中核企業とするマツコングループを形成。事業の役割分担は、マツコン建設が土木工事、松浦コンクリート工業が生コン製造、マツコン商事がセメントや骨材の販売に従事している。
マツコン建設が長崎県北部で公共工事を受注し、松浦コンクリート工業で生コンを提供、そしてマツコン商事がセメントや骨材を両社に供給する仕組みで成長していった。
グループはすべて岡俊雄氏のオーナー企業で、義弟の副島美一氏がマツコン建設の経営を行なっている。とくにマツコン商事の社員は少数だが、3社ともに本社が同所在地であるため、事務職の社員全員がグループ企業の業務を兼任しているのが実情である。「マツコングループは、ご承知の通り松浦地区とその周辺の公共工事で成り立っている会社。20年位前までは公共工事も盛況でグループで20億円程度の業績を上げていた。しかしながら公共工事の縮小で、業績は下り坂。それで岡俊雄氏が、九大移転の需要に目を付けて設立させたのが志摩コン。本音は志摩コンの収益をマツコングループが吸い上げて何とか経営を維持してきた」と地元関係者は語る。親が子の財布をあてにして、会社の命脈を保っていたのである。
つづく
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