―人間は歴史的制約の中で泳がされる―
「深堀(ふかぼり)経営で4億円の不良債権地獄から奇跡的生還」と表現するのは容易いことだが、ここに至るまでには数多くの苦痛を伴うドラマを背負ってきた。まずは永年、連れ添ってきた最愛の妻女を失った。「会社経営を行なうなかで、家内には苦労ばかりかけてきた。苦痛ばかりを与えてきたので恩返しをしようとした矢先に、彼女に先立たれてしまいました。その衝撃から、一時は気力をすっかりなくしてしまいました」と野田社長は心境を語る。また本人自身も病に倒れた。地獄から生還するための闘いでは、精神的・肉体的にそれほどの消耗をし続けてきたのだ。
病から生還して以降は、自ら営業の先頭を走るのを止めて役割を分担し、営業部隊にお客周りをさせる体制に切り替えている。野田社長は淡々と状況を分析する。「4億円の不良債権を全額償却できたのは売上が急増したからです。2005年の売上は14億円でしたが、前期が22億8,000万円、今期は30億円になるから楽になったのです。児玉さんは『深堀経営の為せる業』と評価してくれますが、大それたことはしていません。この5年間はただ時代が良かったから恩恵を被ることができただけです。マンションが売れ続けたし、ゼネコンの倒産がありませんでしたから、不良債権のパンチを受けることがありませんでした」。
確かに、『深堀経営』を行なっていても、1998年から03年12月までのゼネコンの淘汰時期に、4億円の焦げ付きの打撃を浴びて存亡の危機に直面してしまった。だからハッピーな結実を握ることができない。野田社長が指摘するように、最近の5年間はゼネコンの倒産も稀有である。こうした平穏な時代背景があってこそ、『深堀経営』は輝き始めるのだ。52年生まれで当年とって56歳となる野田社長は、「人間の活動は、歴史的な宿命の中で泳がされているのですよ」との、悟りの境地に達している。
10億円で成り立つ会社経営基盤
5年間の上げ潮の時代が急転直下、不況を超えて恐慌に転じた。下げの潮の底が見えない中でまたまたというか、久しぶりに曙設備工業所はゼネコン倒産による2件の焦げ付き被害に遭遇した。つい最近までは常時20件の新規設計・積算を行なっていたのだが、現在は10件と、半数にまで落ち込んだ。この数字は、今後の受注急減を示す、指標となる。が、受注が減っても、同社は全く懸念する必要がない。
それは、事務所を訪問すれば一目瞭然だ。建売の個人邸宅2棟分ほどといった趣の事務所は、「これが30億もの売上がある会社なのか?」との疑問を抱きたくなるほど手狭なのだ。中には、留守番役の女性が2名しかおらず、設計業務用の部屋が数室ある程度である。裏を返せば、同社の売上規模は15億円で充分で、それでお釣りがくるほど効率の高い経営体質を構築しているのだ。もっと踏み込んで言えば、10億円規模でも十分に存続することのできる、筋肉体質の会社なのだ。『深堀』経営を展開してきた現在の同社の企業力からすると、完工高が15億円ラインを割り込むことは絶対にない。
野田社長としては、得意先が30社以上に拡大されたことをうけ、今後の与信管理には警戒心を持って対処する決意である。下げ潮時代には無理をしないことが、生き残るための秘訣なのだ。資金繰りに迫られ、無理をして仕事を追いかける必要もない。「受注案件については、質を充分に点検しつつ、慎重な選別をしていく」意向のようだ。改修=リニューアル工事を受注するための営業部隊も配置しており、新時代に向け、柔軟な対応で生き残りを図る、したたかな戦略を駆使していくとみられる。(終わり)
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