政治家、特に地方自治体のトップは、時に利害関係者と「ひざを突き合わせて話をする姿勢」が要求される。福岡市のこども病院人工島移転問題はまさにそうしたケースだった。
多くの市民は「人工島」に対し、決して良いイメージを抱いていない。その証拠に「人工島」と呼称する市民ばかりで、「アイランドシティ」と呼ぶ市民は極めて稀である。交通アクセスが悪いことも周知のこと。市内の各地から人工島に行くまでの時間と費用が大きな負担になることは、子どもでも理解できる。
また、救急搬送の場合、時間がかかり「間に合いませんでした」という悲劇を招来することも容易に想像がつく。夏場の行楽客による混雑に加え、青果市場、商業施設、コンテナターミナルと、交通量が飛躍的に増大する要件ばかりが揃っている。これで急を要する子どもの命が守れるはずがない。早産児や低体重新生児にとっては、生まれてから30分がきわめて重要であると言われる。「30分がその子どもの人生を決める」とまで発言した医師の言葉は、福岡市病院事業運営審議会の議事録にも明記されている。
そうした事実を前にして、患者家族らは心を痛め、自分たちの子どもはもちろん、同じ苦労を体験することになるであろう多くの人たちのために「反対」の声を上げた。同時に「こども病院の人工島移転を白紙に戻し見直す」と公約した吉田宏市長に、「これで子どもたちの命をつないでいける」と期待したのも当然である。
しかし、吉田氏は市長になった途端、改革者の仮面をかなぐり捨て、役人任せの市政運営に終始する。結局就任から2年、大半の目玉公約を反故にし、自民党に擦り寄る体たらく・・・。
患者家族という最大の利害関係者と、ひざを合わせて語り合う姿勢は一度も見せなかった。こども病院問題について説明を求めるなか、確かに市役所の一部の幹部職員には、怒りを覚えることが多々ある。しかし、多くの職員は命じられた職務を懸命に遂行し、取材に対してもきちんと対応する姿勢を見せている。決して逃げることはない。しかし、政治家・吉田宏氏はどうであろう・・・。
患者家族や市民と、ひざを合わせて語り合うことを避けたうえ、役人に守られた、形だけの説明会を行なうなど、アリバイ作りに汲々としてきただけだ。市民説明会には、東京出張というさえない手段で対抗した。市民や取材する我々から罵倒されながらも、懸命に施策実現を図ろうとする市職員を守り、自身の身を投げうって職員の奮闘に応えようともしなかった。本来、説明責任を全うし、反対する市民を納得させる義務を負っているのは政治家である吉田宏氏であろう。とぼけるな!と言っておきたい。
ひざ詰めで人を説得できない人間は政治家、特に行政のトップとしては不適格である。市民も守れない、市職員もかばえない、守るのは自分だけというのは、最低のリーダーの姿である。
こども病院問題の混乱は、間違いなく市長の姿勢に由来する。次の市長には本物の政治家を据えるしか打つ手はない。こども病院人工島移転を撤回するか、あるいは推進するというのなら市民とひざ詰めで語り合い、納得させる気概を持つ人間の市長就任を望みたい。今のままでは、市民からもそっぽを向かれた上、市職員の勤労意欲さえ奪いかねない。少なくとも、酒場ではなく市民の中に飛び込む市長の誕生を期待したい。