愚弄な人材活用の付けに罰が当たる
2008年末に予告していた「佐賀銀行は経営できない」シリーズの連載を開始する。このシリーズを通じて佐賀銀行の松尾頭取を筆頭に、経営陣がいかに能天気であるかを知るに至るであろう。銀行経営は長閑なものだ。誰でもケセラセラで経営できる。
佐銀OBの就職斡旋もできない
Aという経営者の友人が新年早々、挨拶にきた。何か申し訳なさそうに書類をチラつかせている。「誰かの就職活動を頼まれているのだな」と直感した。「誰かの就職斡旋でもしているのか」と誘い水をかけた。「いやー」と頭を掻き掻きAが提示した履歴書を見てこちらもびっくり仰天。「この人は俺も知っているよ。しかしこの人は佐銀OBで佐賀銀行には充分に貢献した人物だ。関係者は誰でも認めているはずよ。銀行が再就職の世話をしてやるのが筋だと思うのだが――。またこの人を貴方が知っているはずがないだろう。だから汗を流して斡旋してやる義理もないはずだが―」と問い詰めた。
「その通りなんだ。この人とは一面識もなかった。昨年末、佐銀の人の紹介で初めて会った。『人物は悪くない』と判断したので履歴書もたくさん預かった。頼まれたからには必死で仕事を探してやるつもりだ」とAが経緯を述べた。「どこから頼みが入ったの?」と続けて質問をした。「佐賀銀行の本部から頼まれたんだ。親しい友人がいるからね。本人は福岡で働きたいらしく佐銀の友人も『福岡都市圏では就職を斡旋する先がない。我が行の力も落ちた』と嘆いていた」とAは率直に説明をしてくれた。筆者も、「佐銀の現役が指摘する通りだ。豊栄建設の倒産に始まってこの5年間、佐賀銀行は都市圏での一連の失策で信用が失墜したね。福岡には、佐銀の直接の要請でOBを引き取る奇特な会社は稀だろう」と相槌を打った。
人様を愚弄し続けた天罰かも
このシリーズの途中で『福岡銀行と佐賀銀行の企業再生の悲喜交々』を比較対照する。それは、あまりにも対照的だ。福銀の処置は一見すると鬼、非情に見えるが、『喜』の結末の例が多い。佐銀の場合には『悲』となる失敗のケースが目立つ。「2行の間には能力の差がありすぎる」と論評するのは容易いことだ。しかし、これでは回答にはなっていない。2行の間での決定的な違いは覚悟の構え度合、責任の厳しい取り方ではなかろうか。福岡と佐賀の都市度の違いといえばそれまであるが―(都市部の方が批判のプレシャーが違うという意味)。また福銀は、かつてのバブル処理での様々な失敗の教訓を組織化しているのも強みである。
佐賀銀行の場合には人様を安易に愚弄したツケが回ってきているのかもしれない。大祥建設(05年、倒産当時の本社・福岡市中央区)のメインが佐賀銀行であったことは、建設業界では誰もが知っていた話だ。早いうちに整理整頓をしておけばよかったのに、佐銀が社長要員をスカウトしてきた。倒産したのは周知のことであるが、この社長に抜擢してきた方の逸材の経歴を傷つけてしまった。アーサーホーム創業者の山本親子も愚弄された典型だ。佐銀が僅か2年で同社を潰すのであれば、わざわざ創業者の息子を社長にする体制を選択する必要はなかったのだ。
アーサーヒューマネットの社長・小松氏も翻弄された一人である。もともと佐賀県相知町長をしていた地元名士・小松氏を、アーサーヒューマネットの再生人事のキーマンとして抜擢した。佐銀がスカウトしたのである。役所で組織運営に長けていても、民間企業とくにデベロッパーの組織統制術は別次元の話である。小松氏も人生の最終決算時点で赤恥をかき、翻弄されてしまったのである。東峰住宅産業の清算・再生の過程においても、佐賀共栄銀行の常務であった古賀氏を、事業継承会社東峰住宅の社長に迎えた。佐賀銀行から乗り込めば良かったのだ。このシリーズでもしばしば付加するが、佐賀銀行はあまりにも安易に人材活用の面で他を愚弄し続けてきた。その罰がいま表面化してきている。(続く)
【 児玉直 】
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