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経済小説

【経済小説 連載第1回】飽くなき権力への執念/野口孫子 著
経済小説
2009年2月 4日 09:56

第1章  新聞辞令(1)

 坂本信一は25階の高層ビルの専務取締役営業統括本部長室の窓から、今にも笑みがこぼれそうな顔をして、朝日に照らされた大阪の町並みを見下ろしていた。机の上に置かれた昨日の日経新聞に「山水建設の専務坂本氏、次期社長に内定! 現中井社長は会長へ」との活字が躍っていた。日経新聞のスクープ記事になっていた。12月末というのは、社長人事にしては発表が早すぎる。決算は来年3月、株主総会は6月、このようなタイミングで社長人事が発表されるわけがない。
 社内では次期社長は坂本か、山水工業出身の旧帝大・北大出の吉川かとささやかれていた。
 社内の空気はバランス感覚の良さと人格から、吉川待望論が大勢を占めていた。
 このような人事を知っているのは現社長の中井と坂本しかいないはずだ、とだれしもが思った。
 2人のうちのどちらかが、新聞社にリークしたとしか考えられない。
 坂本はひとり感概深げに思いにふけっていた。「おれもついにここまで来たか。これで既成事実ができた。もうひっくり返ることはないだろう」
 朝、出社すると、部下の社員たちが、「おめでとうございます」とそれぞれに挨拶に来る。新聞を見た会社の幹部、ごますりの社員、工事店の社長等々からも、ひっきりなしのお祝いの電話が殺到した。坂本にしてはうれしい悲鳴でもあり、悪い気はしなかった。
 坂本は中井から10月頃「来期から、君に社長をやってもらう」と言われていた。
 坂本は小躍りせんばかりに喜び、腹心の部下に、その喜びを漏らしてしまった。
 「人の口に戸は立てられない」のたとえ通り、秘密は漏れ始め、社内では「坂本が社長になる」という噂が飛び交っていた。
 坂本は人望がなかった。統括本部長に就任する前のポストであった名古屋での営業所長、営業本部長時代の行状をめぐって、黒い噂がワーッと噴き出してきたのである。
 それは中井社長宛ての投書であったり、筆頭株主である山水工業宛てであったり、山水建設のメインバンク三菱銀行宛てであったりした。
 数社の仕入先からバックマージンをもらっているという内容が多かった。
 中井には、そんなことはにわかには信じられなかった。中井は、自分では自信がない営業のことは、坂本に任せておけばよかった。全面的な信頼を寄せていたのである。
 しかし、おびただしい投書が中井のもとに殺到していた。

(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
                        


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