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経済小説

【経済小説 連載第3回】飽くなき権力への執念/野口孫子 著
経済小説
2009年2月 6日 09:07

第1章  新聞辞令(3)

 坂本は焦っていた。このままでは評判の悪さのお陰で、折角、自分が生涯をかけて手に入れかけている、社長の座が危うくなる。対抗馬と目されている総務・人事担当の吉川専務にとって代わられるおそれがある。
 吉川は親会社山水工業より移籍してきた人物で能力も高く、バランス感覚もいいし人望も厚い。親会社も吉村なら歓迎との意思を伝えてきている。
 創業者社長の古橋、中井といずれも親会社出身である。
 坂本は山水建設の生え抜きの社員である。親会社の山水工業も30年前に建設事業部を立ち上げ、第一線では山水建設としばしば競合し、お客を奪い合うことも多くなっていた。そのため、営業出身者は山水工業に対しては親会社、身内の会社というより、競争相手という意識が強く、身内であるが故に、憎しみが倍増していることも多かった。坂本も山水工業に強く当たりがちな、親近感を感じえない者の一人であった。
 苦境に陥った坂本は、営業統括本部長の職権を利用しようと考えた。
 山水建設のテレビ、新聞に関するCM決定権は、坂本が握っている。坂本は広告業界とは付き合いも古く、山水建設の年間広告費は、建設業界一を誇っている。当然、広告業界は坂本の言うことを聞く。坂本は、ある広告会社の広報部長を密かに呼び出して策を授け、実行するよう指示した。
 それは、広告会社より日経新聞記者に、「次期社長は坂本専務に決定」とリークさせることだった。
 坂本は統括本部の社内旅行を12月第1週の火曜、水曜と決め、行先を台湾とした。リークは火曜、記者は裏を取るため、必ず中井社長に会いにいくはずである。スクープであるから、記者は中井の自宅で張っていた。
 その日、中井はお客と北新地で飲んで帰り、タクシ-で帰還したところを直撃され、「坂本専務を次期社長に指名されたのですか?」としつこく迫られたのだった。夜分のことであり、隣近所の迷惑を考えたことと、酔っているせいもあってか面倒臭くなり、つい、「好きなように書いとけ!」と口走ってしまった。中井の短気な性格が出てしまったのである。
 次の水曜の朝刊には「山水建設、次期社長、坂本専務が昇格」との文字が踊っていた。
 坂本は海外へ社内旅行中で、リークについては我れ関せずとばかりに、アリバイが成立していた。
 木曜の朝、何食わぬ顔で出社すると、社員の態度は一変しており、「おめでとうございます」コールで溢れていた。
 中井は天下の経済紙にスクープされ、いまさら否定しようがなく、既成事実を認めざるをえなかった。「なぜ問題ある人物を社長に?」と問われるたびに、「わしの眼の黒いうちは悪いことはさせない」と言うのが、口癖となったのである。
 この人事のため、中井は後で大きな後悔をすることになるのであった。

(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)


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