第2章 社長就任(1)
坂本は思惑通り、名実ともに社長になることが確定したことに満足していた。一方、坂本を自分の後継者に指名したことに対する反響が、予想外に悪いことに驚いた中井は、危惧の念を持つとともに、責任を感じてもいた。社長にとって、会社経営は大きな仕事ではあるが、次代の後継者を養成し、指名することが一番重要な役目であることはわかっていた。もし、後継者の選定を間違えば、営々と築いてきた山水建設の未来には、暗雲が立ち込めることとなろう。
自分の後継者に一番ふさわしいと判断した坂本が、黒い噂にまみれていようとは!
調査しても、確証は取れない。社外の機関に依頼すれば、もう少し詳しい事実がわかるだろう。が、中井としては、そんなことはあり得ない! との思いを、心の片隅からぬぐい去ることができなかったのである。
そうしたことを思い巡らすうちに時が過ぎ、坂本が仕掛けた策略に、はめこまれてしまうことになる。夜の道端で新聞記者の取材を受け、スクープされてしまったのだ。
ここに至ってはどうすることもできず、否定のしようもない中井であった。
「わしの眼の黒いうちは、絶対に悪いことはさせん」と、坂本に次期社長を託すことを、事実上認めるよりほか、なかったのである。
坂本は、新人社員から営業本部長時代までのおよそ25年間を、名古屋地区で勤務した。
坂本の名古屋時代の子飼いたちは、この朗報に小躍りして喜んだ。わが大将は、必ず自分たちを引き上げてくれるだろうという期待からだった。
坂本は社長就任に向け、組織・人事を構想する作業に入った。
社長就任がはっきりした途端、坂本はなにごとにおいても、中井に相談することなく事を進めるようになった。
営業関係については坂本の一存が通った。しかしながら、本社、工場関係については、さすがに中井の意向を聞かざるを得なかった。
このときからすでに、坂本と中井の間に、確執の芽が頭をもたげていたのである。
坂本はまず、自分に対し敵対的立場に立つ人物を、排除することにした。自分の地位をおびやかす恐れのある人物、自分について悪い噂を流している人物、東京を中心に存在する渡部元会長一派と思われる人物、などがそれである。
坂本の対抗馬で、人望の厚い吉川専務をいかに処遇するかについては、頭を悩ました。
中井は、吉川を副社長に昇格させることを主張。坂本は、吉川を社に温存すれば、自分の地位がいずれ危なくなることが本能的にわかるのであろう。「自分の先輩だから、仕事がしにくい」と言って譲らず、子会社の清和不動産の社長として放出することにした。
(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
※記事へのご意見はこちら