第2章 社長就任(2)
ライバルの吉川専務の処遇を決める時、坂本は中井の反対を「自分の先輩は使いにくいから」と押し切り、やっとのことで子会社への転出を決めた。
坂本はホッと一息ついた。
名古屋出身で心を許せる側近である岡田に、
「これで喉につかえていたとげは取れたな」
と感慨深げに言った。岡田には、「君を社長室長に起用するつもりだから」と告げていた。
岡田は「いつ、坂本の逆鱗に触れ、首になるか」と思いながらも、上手に、
「これで峠は越えましたね。今回、一気に坂本体制を作ることは難しいでしょう。営業部門だけ固めましょう」
と進言した。
本社部門の役員には中井の息がかかっていて、今は手がつけにくい。
坂本は「営業部門については中井の口出しはないよな」と岡田と人事部長に話しかけると、自分らの構想である、名古屋の元部下の登用に重点を置いた、人事表を見せた。特に、各地の営業本部長の半分は、名古屋人脈で固められていた。
その下の主要都市、福岡、広島、大阪、東京地区の支店長も名古屋出身者で占められていた。
岡田も人事部長も、坂本と面と向かって反対だとは言えない。「いい人事案ですね」というのが精一杯だった。
自分の出世のこともある。逆らえば、必ず報復人事がある。名古屋時代、それをいやというほど見てきた。
サラリーマンの処世術として、このような権威主義の上司に対しては、「ごもっとも」というのが一番だ。
全国津々浦々の社員からは、「きしめん人事」と言って、冷やかに揶揄されていた。
名古屋出身の、自分の子飼いの部下を、優遇し起用したのである。
わけても東京、関東地区の営業本部長や支店長に関しては、報復と思わせるような人事を断行した。この地区では、かつての会長・渡部の息のかかった幹部が、要職を占めていた。坂本はこの際、渡辺一派を一掃することに心を決めて、「東京、関東は大幅に人事を替えたい」と中井に告げた。
中井と渡部はかつて、社長の椅子をめぐって「わが陣栄に」と、役員の争奪戦を繰り広げた間柄である。中井は「うん」と言って、それを黙認した。
これに気を良くした坂本は、自分の構想通りの人事を断行した。中井は後になって、「これほどまでに、名古屋人脈を起用するとは思っていなかった」と述懐することになる。「わしの目の黒いうちは、好きにはさせん」と言いながら、坂本の社長就任前から、暴走を止められなくなっていた。
社員は静かに、そしてクールな目で、脇を身内で固める坂本の、バランスを欠いたやり方を見守っていた。
幹部社員の大半は、坂本の黒い噂のことを知っている。のみならず、権力志向が強く、私利私欲に走る傾向が強いことも、承知している。
「何も知らない中井はアホや」
誰しもが思っていたのである。これほどの問題になっているのに、「中井はなぜ、坂本を指名したのか」という疑問を、感じぬ者はいなかった。
(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
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