第3章 権力掌握への執念(1)
坂本は正式に社長に就任した。中井会長は激しい権力闘争が始まることを、予想していなかった。
株主総会後の夜、坂本の取り巻きは大阪の一流ホテルのスイートを借り切り、祝杯をあげていた。
1本40万円も50万円もするフランスの赤ワインが何本も置いてあった。
取り巻きは坂本が赤ワインには一家言持っていることを知っているため、用意したものだ。
「社長、おめでとうございます」「乾杯!」
と自分たちの時代が到来したごとく、はしゃいでいた。坂本は上機嫌だったが、何故か心が晴れない。
「今の自分は盤石ではない」「いろんな噂もあり、中井は自分に信頼を寄せていない」
「事が発生すれば、一期で社長を追い落とされるかも知れない」
そのようなことを思っていた。
そんな思いから、すでに、坂本は中井追い落としの気持ちを密かに抱き始めていた。
「あいつは許せん。自分の配下に、わしのことを嗅ぎまわらせている」
と逆ギレしていた。
社長に指名されたことの恩義を忘れ、「自分の力で社長になった」との思い上がりが言わせているのだろう。
取り巻きの中にも、大将の暴走を諌めることができるだけの器量をもった幹部もおらず、自分の立身出世のため、坂本にすり寄っているような輩ばかりだった。坂本に意見したために、転勤・降格された者が何人もいることを、知っているのだ。名古屋の大将という立場に満足していれば救われたのに、坂本は大阪の本社でも、裸の王様になろうとしていた。
坂本は2年がかりで、自分の意のままになる体制に持っていくことを考えていた。
建前のうえでは、社長は取締役会で決める。取締役会は株主が集まって選ぶ。だから「株式会社は株主のものだ」と言われる。しかし、そんなことを本気で信じる者はいない。
現実には、取締役は社長が選ぶ。「取締役会は社長の独演会」「会社は社長のもの」。それが現実の姿である。このことは坂本が一番よく知っている。
6年前、創業社長が死去した後に、営業業績が伸び悩んだ時期があった。その際、営業畑の会長・渡部と経理畑の社長・中井が会社の実権をめぐって争い、取締役を会長派と社長派に二分したことがあった。坂本はその時、重要な役割を演じたのであった。「わしの眼が黒いうちは、わしが営業の指揮をとる」と言っていた創業者山田がいなくなった時、各地の営業系役員から「中井体制では、営業は活性化できない。この際、営業の師と謳われている渡部哲志会長に社長を兼務していただき、陣頭指揮をとってほしい」という動きが出てきた。
山田は次期社長に渡部を指名するのではないかと思っていた役員、幹部は多かった。
しかし、親会社の意向も忖度せねばならない。渡部は親会社出身でなかった。しかも親会社が山水建設と競合する事業を展開していたため、渡部は先頭に立って、親会社批判をしていたのである。
(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
※記事へのご意見はこちら