第3章 権力掌握への執念(2)
当時、末席の平取りだった坂本は、権力闘争のすさまじさを目の当たりにしたのである。この時の経験が、のちの社長就任にあたり、役員、および主要幹部の人事権は絶対に自分が握ると決意することにつながるのである。
社長は絶対的権力を持っている。しかし、取締役会で、多数派を形成することができなければ「寝首をかかれることになりかねない」ことを体験したのである。
当時、日ごろから「生涯現役でやるんだ」と豪語していた山田社長は、自らの体調に対する自信を喪失しつつあった。そしてついに、経理畑一筋で、営業経験はもちろん、営業の指揮を執ったこともない中井専務を、社長に指名したのである。山田としては、苦慮した末の決断であった。
「親会社出身の中井なら、支障はない」「渡部営業担当副社長だと、日頃の言動から、して、親会社の反対が想定される」と踏んで、中井を社長、山田は会長、渡部を副会長としたのである。
この決定に対し、渡部に育てられ、渡部を師と慕い、渡部社長を待望していた営業系・技術系役員の中から、反対の声が湧きあがったのであった。副会長という閑職に追いやられた渡部をおもんぱかり「なぜ、営業のわからない人が社長なんや? 中井に経営ができるわけがない」との意向を示す者が少なくなかったのである。しかし、20年も社長の座に君臨しているカリスマ・山田に、面と向かって「反対」と言える者は誰もいない。
山田もそのことを知っていて、「中井は営業はわからんが、わしの眼の黒いうちは営業はわしが見る」と言って、反対論を一蹴したのである。
ところがこの頃から、山田の体を癌という病魔が、確実にむしばみ始めていたのである。
山田も病魔には勝てず、中井を育てきれないまま、この世を去ってしまう。
そして、 山田が後継者を育てておかなかったことのツケが、彼の死後、すぐにあらわれ出したのである。
カリスマ・山田亡きあと、渡部を担ぐ一派の間で、中井降ろしの動きが激しくなっていく。
空席となった会長の席を埋めるため、渡部が会長に就任し、それでことはおさまるかと思われた。が、「この際一気に渡部を社長に!」と、渡部を信奉する役員たちの動きが活発になってきた。
取締役会、全国幹部会などの会議において、渡部、中井による公然たる激論が、参会者の前で口汚く戦わされたのである。
「あんたみたいな素人に、営業の気持ちがわかるわけがない」
「あんたは黙れ! 業務執行最高責任者は社長のわしや!」
対立は、泥試合の様相を呈していた。いずれの陣営につくものか、旗色を鮮明にしている役員数は、互角であった。中立派もいたが、しかめ面をしている者、旗色のいい方につこうとして様子見をする者など、それぞれであった。
株式会社の社長には絶大な権力がある。人事権を持っているのである。サラリーマンは取締役になることを夢見ている。取締役を選任するのは社長である。常務、専務、副社長を選任するのは社長であり、罷免するのも社長である。
中井は、先輩の渡部と強気で戦った。一方の渡部一派は、営業系の大半を押さえていたが、新参の営業系役員の坂本だけが、渡部の誘いに乗らなかった。坂本は中井に、一本釣りされていたのである。「君を常務に」と約束されていたのだ。
(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
※記事へのご意見はこちら