第4章 社長への序章(2)
坂本は中井の信任を得て、トントン拍子で出世街道を歩んでいた。
すでに取り巻きからも、「中井社長の後は坂本」だと言われ始めていた。
中井は渡部前会長を解任して以来、会長職を空席としていた。
自分が会長に上がるときには、次期社長を選任しなくてはならない。中井はすでに、3期6年社長を務めていた。もうそろそろ一線から降りようと思っていた。
心の中では「次は坂本か」と思っていた。この時点までは、中井と坂本の間は密月関係にあった。
ある日、中井は坂本を社長室に呼んで、「君を次期社長に指名したいのだが、君はどう思うかね」と切り出した。坂本は嬉しさを抑えながら「ありがとうございます。重責ですが、一生懸命頑張らせていただきます」と答えた。
まだ、中井の坂本に対する信任は衰えていなかった。中井は、渡部元会長一派による造反劇の際のことと、大震災の時に山水建設が活躍できたことで、坂本に恩義を感じていたのである。
中井は、経理畑ばかりを歩いてきた人である。だから、生々しい人間関係には無縁の世界の人であった。
坂本が専務に昇格してからは、営業部門に対する中井の意向は届かなくなっていった。坂本は、名古屋時代の元部下を、全国各所にある営業拠点の取締役本部長クラスとして登用し、自らの地位を固めるための基盤作りを始めていた。特に、東京地区には異常なほどの執着を見せた。
本丸の東京には、名古屋時代の部下のなかでも一番信用のおける浅井を、本部長として送り込んだ。
東京の渡部派幹部は、それぞれを子会社か、あるいは地方の支店へ配置換えしたのである。
山水建設は、営業が強い会社である。「営業が本社と工場を食わせている」という気概を持っている。
坂本が営業を牛耳り、着々と社長になるための準備を始めていることに対し、中井は無頓着だった。
こうした坂本の一連の動きが、山水建設の伝統である「一致団結」の気風を、壊していったのであった。
坂本の黒い噂に関する投書が、東京から中井のもとに寄せられるようになったのは、この頃からであった。
中井ははじめ、投書を相手にすることはなかった。単なるねたみとしか、思っていなかったのだ。
しかし、坂本のお膝元の名古屋からも、彼の名古屋本部長時代の悪事に関する投書が、寄せられるようになっていた。
中井は、煩わしいことが嫌いなタイプである。然瞬間湯沸かし器のように突怒り出すことがあるのも、煩わしいことにかかわりたくないためだった。
しかし、さすがに坂本の人望のなさが、中井にも少しずつわかり始めていた。「おかしいぞ」と思いながらも、中井の優柔不断さは、自らの墓穴を掘るばかりでなく、山水の命運をも、左右することになってしまうのだった。
中井の罪は、大きいと言わざるをえまい。中井の功罪については、後世の評価を待つしかないだろう。
(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
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