第5章 策略(2)
坂本は、社長室長の岡田と部下の木村部長を専務室に呼んだ。
岡田も木村も、名古屋時代からの腹心の部下である。自分の常務営業統括本部長昇格とともに、本社にある統括本部に転勤させていた。
専務に昇格すると、自分が社長になることを見越して、岡田を社長室に移動させていた。
「岡田、社長宛てに俺の悪口を書いた投書がようけ来てるんや。社長も最近は俺に疑いを持ってるみたいやけど、知ってるか?」
「社長から聞いてます。調べろ! と言われてます。私は専務がそんなことされるわけありません、と断っておきました」と答えた。
「そうか。しかしな、社長は関連企業部担当の尾島常務と購買部担当の細川常務に嗅ぎまわらせてるらしいな。そうやろ。木村!」
「そうみたいです。しかし、なんぼ調べられても、わかるようなことはありません。業者には口封じしておきました。証拠は何も出ません。専務は堂々としていてください」
木村はこともなげに言い放った。
木村は、ゼネコンから中途入社した人間である。ゼネコン業界の工事現場では、下請けから袖の下―バックマージンを貰うことが、常態化していた。そうした慣習を定着させたのは、この木村であった。
もともと私利私欲の強かった坂本は、木村の口車に乗り、手を染めてしまっていたのである。
名古屋では、何千もの部下の眼が光っている。悪い噂は、どこからともなく伝わるものである。
坂本を次期社長に指名したものの、親会社からも「彼には黒い噂があるから」とのニュアンスで暗に反対の態度を示され、中井社長は困惑していた。自信をなくし、疑心暗鬼に陥っていた。
そんな様子を見聞きするたびに、坂本は「お前を社長に」と指名されたことも心配になってきた。
「正式の社長就任まで、まだ半年以上もある。下駄を履くまでは、何があるかわからん。なにか手があるか?」
坂本は苦悩の色を浮かべながら、岡田に聞いた。
「まず、役員の中の誰が社長と会って、どんな話をしているのか、チェックすべきでしょう。そのためには、次期役員登用を餌にして、秘書室長を抱き込む工作をする必要があります」
「そうか、その工作については、岡田君が根回ししてくれるか」
「それから新聞社に、時期社長は坂本氏に決定! とリークさせてはどうですか? 経済紙に大きく記事が載れば、既成事実になってしまいます。もし否定すれば、中井社長はその理由を言わねばならず、企業イメージを悪くすることになります。ですから、否定することはできないでしょう。これをやることができるのは、広報部長の松野です。これについても、役員昇格を餌にしてやらせるしかありません。」
「岡田君、頼む! これから根回しして、1か月以内に実行できるようにしてくれ」
(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
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