第6章 権力掌握(1)
年も変わり、株主総会まで数か月となった。坂本は、自分の配下で、全国主要地の営業本部長に任命していた者を取締役に引き上げることはもちろん、社長室長・広報部長・秘書部長を今回の論功行賞として取締役へ昇進させることも忘れてはいなかった。渡部一派による造反事件の際に学習していた坂本は、取締役の過半数以上を自分の支持者として確保することを、忘れていなかった。
中井社長も自分を慕う小林東北営業本部長と、自分の経理時代の部下であった田村経理部長を取締役に推挙した。
坂本は渋々ではあるが、とりたてて反対の理由もないため、黙認することにした。
坂本は小林と田村を個別に呼んで、自分への忠誠を誓うよう要請したが、2人とも「私は山水建設派ですから、誰にもつきません」と言ってのけた。
株主に送る株主総会の案内状の印刷開始も、タイムリミットが近づき、中井社長からはもはや、人事に関する異論は出なくなった。
中井は、坂本の社長就任に対する反対意見を、いろいろなところから聞いていたので、心の中では不安に思っていた。しかし、ここまで来たら、坂本のやるがままに任せるしかなかった。
いよいよ、中井・坂本体制による人事案が株主に発送され、総会で承認されるばかりの段取りとなった。
坂本は安堵の気持ちで一杯だった。
1~2年前には、中井と坂本の間は蜜月関係にあった。が、今では、そうした要素はもはやひとかけらもなかった。
「あいつは悪いことをしている」。中井は坂本のことを、常に疑念の目で見るようになっていた。坂本は坂本で「あいつはわしを嗅ぎまわっている。許せん!」と思っている。
こうして、山水建設の新体制は、経営の両トップ同士がいがみ合い、相互不信をかこつなかで、スタートすることになったのである。
こうした状況は、山水建設の役員や社員にとって、極めて不幸なことであった。創業以来の伝統であり、同社の力でもある、どのような苦難に直面した際にも、全社員が一丸となり、一致団結の精神で乗り越えてきた気風に、徐々に影が落とし始めていた。このように、トップの体たらくのおかげで社力に衰退の兆しが現れ始めている状況を、目が上にしか向いていない幹部役員に、見出すことができるはずもなかった。人心が徐々に乱れ始めていることに、気づく取締役もいなかった。
株主総会はそうした状況下で開催され、無事、何事もなく、各議案が承認されて終了した。坂本新社長の誕生であった。
サラリーマンとして目指していた頂点を、坂本が極めた瞬間でもあった。
(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
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