権力掌握(2)
坂本は社長就任後、忙しい日々を送っていたが、一度めばえた中井会長への不信感は消えることはなかった。
坂本はまだ安心していなかった。中井会長のことを、目の上のコブのように感じていた。「いつの日か、あいつを辞めさせねばならない」。就任後間もないというのに、中井を解任することができないかということを、考えはじめていた。
坂本は、権力に対する執着心が異常なほど強かった。それは、中井のように王道を歩んできた者にとって、想像を越えるほどのものだったのである。
中井も後継者を育てることをしてこなかった。人望が厚く、克己心の強い人物であれば、会社の発展のためにたゆまぬ努力を積み重ね、山水のよき伝統を引き継ぐことができたであろう。が、たまたま、出世欲が強くて威張るばかりの、自分の利益のことしか考えない人物を、社長に指名してしまったのである。中井は「悔いの残る人選をしてしまったな」と思ったが、あとの祭りであった。
社長に指名された坂本は、いつのまにか巨大なモンスターに育ってしまっていたのである。
中井の責任は、大きいと言わざるをえない。
山水建設は、創業社長の山田亡き後、権力闘争が連続する状況に陥ってしまった。
山田もまた、次期社長候補の育成を怠っていた。そして体調不良となってから慌てて、「あいつは営業のことはわからないが、わしが営業を見ればいい」と、半ば急場しのぎで中井を指名したのであった。
山田は、中井を後継者として育てたわけではなかった。だから、中井にとって社長指名は、晴天の霹靂だったのである。
山田が存命中は、営業については山田の指示を仰いでいればよかった。しかし、山田亡きあと「営業については、営業出身者が指揮をとるのでなければ、会社が持たない」との要望が聞かれるようになり、その声は、次第に高まっていった。そこで、それまで冷や飯を食わされていた渡部に「社長になっていただき、きちっと、営業を見てほしい」という一派が生じ、運動をはじめたのである。
坂本は、中井社長と渡部会長との間の権力闘争をじっと見つめながら、学習を重ねた。
株式会社の社長は取締役会の議長であり、取締役会における決定事項のすべてを牛耳ることができるのだということも、繰り返し見てきた。取締役会で会長が社長の経営方針を批判したとしても、社長の一喝で討議は打ち切られ、次の議題に移るのである。こうして坂本は、社長がもつ権力の絶大さを、肌で知ったのであった。
学習を積んだ坂本は、社長が特権的にもつ人事権を、最大限に活用しはじめた。
(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)
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