権力掌握（３）

　坂本は権力の掌握に万全を尽くしていた。「わしの目の黒いうちは勝手なことはさせん」と豪語していた中井だが、社長となり、中井の意見を聞く耳を持たなくなった坂本を、まったく制御できなくなっていた。
　中井は、瞬間湯沸かし器との異名を持つほど、短気な性格である。日頃の坂本との意見の衝突は、おさえがたいほどの不満を生み、中井のなかで溜まりにたまっていた。
　役員会では、中井のヤジ気味の不規則発言が飛び出すようになり、坂本の演説が中断を余儀なくされることも、しばしばとなっていった。人前では常に「建前と正論」を言う坂本だが、その言葉と行動が裏腹であることに対する怒りが、幹部全員がいる前で、さらけだされたのである。
　２人の衝突は、ことあるごとに激しくなっていく。
　かつての渡部会長と中井社長が、山水建設の全幹部が顔をそろえた会議場で、子供じみた言い争いをしていたのと同様のありさまが、いままた、中井会長と坂本社長との間で繰り返されているのである。心ある幹部のなかには、「こんな会長と社長をいただいている会社は、もう終わりだ」と悲観する者もいた。
　しかし、である。社長というのは絶大な権力を持っている。次の役員改選時には、坂本派の人間が、更に役員に登用されていき、逆に反坂本派は、次々と解任されていった。「私は山水派です。いずれにもつきません」と言って、坂本への忠誠を誓うことを断った小林は関係会社へ、田村は監査役へと飛ばされていった。
　中井はこうした仕打ちに対し、なにもできなかった。中井包囲網は出来上がりつつあった。
　権謀術数にかけては、坂本は中井より、一枚も二枚も上手である。中井追い落としの体制はできつつあったが、どのように辞めさせたものか、決定策を決めかねていた。
　中井は関西経済会副会長の要職にあり、政府傘下の建築協会の会長を務めている。強引な坂本も、さすがに何の大義名分もなしには、手をつけることができない。
　このような状況下では、当然、社内の士気は上がらない。山水の力は徐々に落ちて行った。しかし、過去の成功体験にとらわれ、危機の本質をみつめようとする者はいなかった。「わが社は一致団結の力で、幾多の苦難を乗り越えてきたのだ」と、たびたび檄が飛ばされたものの、坂本によって私物化された山水建設の社員は、もはや白けきっており、聞き流すだけであった。会社の雰囲気は「笛吹けど踊らず」の状態となっていたのである。
　山田時代には、「皆でやろう」という気概が、常に下から盛り上がってきていたものである。しかし、そうした社風の存在は、この会社にとってはもはや、遠い昔の話になっていた。

（この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません）

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