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経済小説

【経済小説 連載第18回】飽くなき権力への執念/野口孫子 氏
経済小説
2009年3月 2日 13:01

第7章 中央集権(1)

 最早、坂本に面と向かって逆らう者はいなくなった。坂本は絶対君主として君臨するまでになっていた。そうした傾向は、一地方の君主に留まっているあいだは、全社的に表面化することはなかった。が、坂本は、山水建設2万人を率いる社長になって以来、中井会長体制を除去しながら、着々と体制固めを進めていた。
 絶対君主のような振る舞いは、心ある社員の眉をひそめさせ、ひんしゅくをかってもいた。
 しかし、誰も諌める者はいなかった。
 諌めることができるのは中井会長だけだが、2人は常にいがみ合い、ののしり合う間柄になっていた。
 坂本は、中井の諌めを聞くどころか、聞く耳自体をもたなかった。社長に指名してもらった恩義も忘れてしまい、目の上のコブとしか思えなくなっていたのである。
 創業者の山田は「わが社には組合はいらないし、労使関係というものもない。全員が労労の関係にあるのであり、経営にも参画してもらう」という方針であった。賞与についても、一般の会社で支払われている冬夏のものは当然として、中間決算・本決算の成績によって、利益を社員に還元する方式をとっていた。通常の賞与に決算賞与を2回プラスした、年4回の賞与支払を20年以上続けていたのである。したがって、年間の賞与額は、多い年には12か月分、少ない時でも10か月分はあったことになる。
 経営者と社員が利益を分かち合うという一体感があった。この会社には「頑張れば、収入を増やすことができる」という夢もあった。どの社員も目が輝いていた。
 ところが、坂本が就任して1~2年経つと、社内の士気が徐々に落ちてきているため、数字が思うように伸びない。坂本は「自分が社長になってから、経営数字が落ちた」と言われたくなかった。「売上数字は落ちたが、経常利益は増えた」というかたちにしたいがため、ついに、坂本は一方的に「決算時の賞与をなくす」と社内に通知したのである。
 事実上の報酬カットであった。2万人分だから、「ゆうに100億円以上のコストダウンができた」と胸を張って見せたのである。
 このときも、役員の賞与カットについては一切語られなかった。
 そのことを言い出す役員もいない。もし「役員もカットすべきではないか」と提案したとしても、社長の専権事項として無視されるだけである。次回の役員改選時には、提案した役員は解任されることになる。
 どの役員も、坂本のやり方を知っている。だから誰ひとり、余計なことは言わない。「貝になる」ことが一番の処世術なのである。
 「ごもっとも、おっしゃるとおり」と言うのが、生き残る道であった。

(この物語はフィクションであり、事実に基づくものではありません)


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