やっぱり日本がカモにされる。訪米した麻生太郎首相とオバマ米大統領との会談の報道を受けて、そう思った人は多いだろう。要は、窮地の米国経済のためにゼニを出せ、というのである。
何もかもが異例づくめだった。ヒラリー・クリントン国務長官が就任後初の外遊先に日本を選び、2月16日に来日した。宇宙飛行士の向井千秋さんやパラリンピック選手たちによる歓迎式典では「私もアストロノート(宇宙飛行士)かアスリート(選手)になりたかったのよ」とリップサービスし、東大生のミーティングに出たり、皇后陛下の茶会に出席したりと、異様なほどの親日ぶりの強調だった。極めつけは、北朝鮮拉致被害者の家族との会談だったろう。
夫のビル・クリントン大統領時代は、「ジャパン・パッシング」(日本軽視)から「ジャパン・ナッシング」(日本無視)と言われるほど、ワシントンにおける対日政策の重要度は低下していたが、その妻は手の平を返すような厚遇ぶりである。
もちろん公式発表にあるようなアフガニスタン情勢や北朝鮮情勢への意見交換や沖縄駐留米軍の移転問題も議題としてはあったろうが、いまの米国政治の状況からして、それが日本政府と話し合いたい喫緊の課題とは思えない。クリントン国務長官と同行取材した大手紙外報部記者によると、クリントン長官周辺は「より突っ込んだ話し合いをしたかったが、日本側の政治状況でそれがかなわなかった」と残念がったという。何が残念だったのか。推測するに、日本側の経済政策の交渉相手である中川昭一財務相(当時)が例の酩酊会見騒動で、経済協力について実のある話し合いができなかったことではないか。だからこそ2月24日に麻生太郎首相をワシントンでのオバマ会談に招待したのだろう。
それを裏付けるかのように、来日後に訪問した中国では、クリントン長官は胡錦濤国家主席らと会談し、米国発の世界金融危機への協力で意見が一致。中国が外貨準備を使って購入し続けている米国債について、中国側は「今後も協力していきたい」と継続保有を表明している。
日本円と中国人民元。いまの米国政府がノドから手が出るほど欲しいのは、この二つのマネーである。欧州ユーロと英ポンドは急落し、欧州域内経済の落ち込みが大きく、とてもドルを支える余力がない。むしろ欧州圏からは短期金融市場を通じてマネーが流出し、ドル圏に回帰する動きが顕著になっている(だからユーロ安・ポンド安になる)。
したがって、個人金融資産が1,500兆円あり、中国同様に外貨準備を使って米国債を積極的に買い進めてきた日本にも、中国同様の継続保有、あるいは更なる買い増しを求めるのは自明のことだろう。麻生首相もオバマ大統領との会談で「ドルの信認維持で一致」したと伝えられたが、それはこの文脈上にある。
証券化商品など米国の金融機関が抱える不良資産は最大で4兆ドル(約400兆円)ある、とエコノミストの間では推計されている。依然として住宅価格の下落は続いているので、かつての日本同様にこの金額は増えこそすれ減りそうもない。米GMなど実体経済にも悪影響が生じ、大型倒産が相次ぎそうでもある。
オバマ大統領は麻生首相との会談に先立って、軍事費削減や高所得者への減税を廃止することなどで約1兆ドル(約100兆円)もある財政赤字を半減する方針を打ち出した。しかし、今後、不良資産の買い取りや住宅差し押さえの防止、大型財政出動による公共事業などで財政状況は、なかなか改善しそうもない。財源は、大量の米国債発行でまかなうよりほかはない。この米国債の引き受け手になれる国は、いまのところ日本と中国、それに産油国くらいしか見当たらないのだ。
日本の財務省内では、やがて米国政府がこうした米国債の買い増し圧力をかけてくるのではないか、と予測する向きが多い。ただし、急速に進む円高ドル安下にあって日本がドル建ての米国債を大量に買うことは、即座に多額の含み損失を抱えることと同義である。イージーには乗れない。
そこで日本の政策当局者の中には、円建て米国債の発行を予想する向きがある。金融庁の政策ブレーンは「昨年の段階から米国が外貨建ての米国債、たとえば円建てや元建ての米国債を発行することがありうると研究を重ねてきた」と打ち明ける。同ブレーンによると、米国政府はカーター大統領時代の不況下に「カーターボンド」と呼ばれる外貨建ての米国債を約65億ドル発行している。その大半が当時の西ドイツマルク建てとスイスフラン建てだったという。
米国政府の至れり尽くせりのもてなしの裏には、そんな奇策登場の可能性もはらんでいる。オバマボンドを大量に買わされるかもしれないのだ。そのとき私たちは「イエス・ウイ・キャン」と唱和できるだろうか。
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