渦中の小沢一郎・民主党代表が表明した企業・団体献金の全面禁止について、民主党内でも賛否が交錯している。
前原誠司副代表は20日の講演の中で、「企業献金が悪で、個人献金がいいという議論は若干ゆがんだ議論だと思う。思いを込めたお金は、企業だって個人だって同じだ」と述べ、小沢代表の全面禁止提唱に疑問を投げかけた。
こうした意見は自民党内でも多数で、小沢代表の「企業・団体献金の全面禁止」に対して、「金権の中心にいる小沢氏が主張するのはおかしい」などと批判し、全ての問題を小沢氏にすり替えている。こうした意見が大方の国会議員の「常識」的な意見を代表していると思われる。しかし国民の大部分はこれと正反対の見方をしているのではないだろうか。
1993年のゼネコン疑惑は、清水建設が疑惑の中心でヤミ献金リストが問題となった。このとき小沢氏は、企業・団体による献金は政党のみとし、政治家個人への献金は禁止しても良いと主張。この際政党への「公費助成」が浮上した。細川連立政権時の94年、「政党助成金」制度が導入され、企業・団体献金禁止は5年後に先送りされ、2000年に政治資金規正法が改正された。しかし、それ以降も献金疑惑はあとを絶たず、橋本龍太郎元首相が日本歯科医師連盟からもらった「1億円小切手」事件は記憶に新しい。このように企業・団体献金が全面的に禁止されない限り、「迂回献金」などの新たな抜け道が「発明」されているのだ。
民主党は、西松建設違法献金事件を奇貨として、自ら全面禁止に踏み切ったらどうだろう。
小沢代表は24日、自らの進退を表明するとみられている。「政権交代」の実現のためには、企業・団体献金の全面禁止と引き換えに代表の座を退く可能性もあるという。小沢代表の過去の言動についての是非はともかく、渦中の人物が「全面禁止」を提唱したことの持つ意味は大きい。政治に「思惑」や「計算」は当然あろう。しかしこうした決断が政治を動かし、変えていくことにつながることも確かだ。「隗より始めよ」という諺もある。
【武田】
※記事へのご意見はこちら