<先取性に富んだ経営者>
『葉隠れ』の原点となる「曲がったことをせずに信義を貫いてきた」権藤氏は、経営者として柔軟に先取性を導入する一面も有していた。常に「製版業者として生きていけるのか。何か脱皮しなければ事業続行は不可能になるのではないか」と自問自答をしてきた。
だから月1回、業者の勉強会のために東京に出張し、「今後の製版業のあり方、変化の方向」を学習しつづけてきた。東京には、桁違いの構想を持った傑物がいる。彼の扇動に乗せられて「よっしゃー、頑張るぞ」と気分が高揚する。だが、福岡空港に飛行機が着いた頃には平常心を取り戻す。「福岡の変わり映えしない」現実に溜息をつくばかりであった。
それでも東京での学習効果は大であった。福岡の同業者に先駆けて、最新鋭の機械を導入したことも数多かった。また、社員教育にも相当額の教育費を捻出した。
権藤氏は「お客の期待に応えられる変化を恐れたら、企業はおしまい」と口癖のように呪文を唱え、『激変』の挑戦に全力投入してきた。その努力の結果、クライアントの間では「ゴングは手堅い仕事をしてくれる」という高い評価を獲得した。
時代にマッチした変化の努力を持続してきていたが、『時代の激変』は製版業そのものの基盤を粉砕する様相を呈するようになってきた。得意先である印刷会社も内制化が主流になってきたのである。いまから10年前(1998年当時)になろうか、権藤氏は「製版専業ではたかがしれている。広告代理店に昇格させないとゴングの将来はない」と決断を下した。
広告代理店の道を決定してから動きは速かった。人材のスカウトに手を染めた。TV・新聞社の代理店の資格も習得した。NTT関連会社を顧客として開拓することも、瞬く間に成功したのである。「製版工程の自社制作を持った、利用しがいのある広告会社=ゴング」の存在が認知されたのだ。同業他社はゴングのようにスマートに、容易に変身できなかった。旧態依然のありようで経営をしていたようだ。
<負の資産ゼロのバランスシート>
広告代理店になると、大口の焦げ付きの危険性を背負うことになる(製版業の場合には一件で致命的な不良債権に遭遇することは少ないが――)。新参成り上りの、飲食チエーン展開をする会社が倒産した。相当数の金額が引っ掛かった。ゴング(権藤氏)にしてみれば初めてのショック体験であり、業界でも「大丈夫か」と注目された。しかし、直近の決算で不良債権を一気に償却した。もちろん、赤字決算に転落したのは当然である。
「この負の資産(例えば今回の大口焦げ付き)を隠さない」というのが権藤氏の財務戦略、というより『信念』である。ゴングの決算書には、長年に渡って負の資産が計上されてこなかった。当たり前といえばそれまでのことだが、現実はどの中小企業も負の資産を過大に記載している。権藤氏の「財務戦略=負の資産ゼロ」の姿勢が、取引金融機関に絶大な信用を築いていたし、今回のセーラ広告とのM&Aビジネスをスムーズに進められた要因にもなった。勝利の方程式・基本戦略において、『正直』は貫き通すべき貴重な構成要因なのである。(つづく)
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