麻生首相の解散に向けた支持率のホップ、ステップ、ジャンプ作戦は、まず小沢一郎・民主党代表の秘書逮捕、次に北朝鮮のミサイル発射に強硬姿勢を取ることで“強い麻生”を示し、最後は真水10兆円の大型補正予算で「究極のばら撒き」を行なうというものだった。
早くも狂った「目算」
「支持率は小沢問題で5ポイント上昇、テポドンは10ポイント、定額給付金配布や高速料金の値下げが徐々に効いてくるし、それに大型補正が加われば6月頃には50%前後まで回復できる」
首相官邸の麻生側近はそう強気の読みをしている。支持率上昇カーブを見ながら、「5月解散」か「6月3日」の国会会期末か、解散の時期を判断しようというのだ。
だが、目算は早くも狂い始めた。北のミサイル実験では防衛省の「誤探知」で情報が混乱するという決定的な失態を演じ、西松建設事件では検察捜査がいよいよ二階俊博・経済産業相に向かい、二階氏の実弟の立件は時間の問題と見られている。
千葉県知事選の森田健作氏勝利で麻生自民党に吹きかけていた風は、再び乱気流となって吹き戻し始めた。
国民の不安煽った麻生首相
「日本に飛んでくれば迎撃する」
麻生首相は北朝鮮のミサイル発射実験にそう言って安全保障会議を招集し、本来は非公表のはずの「破壊措置命令」の発令をわざわざ公表した。“強い麻生”を印象づけるための作戦だった。
結果的に北の“人工衛星”の打ち上げは成功とはいえず、日本に被害もなかったものの、国民は《迎撃》という言葉の響きにかえって不安を募らせた。
しかし、今回の弾道ミサイル発射実験は本当に日本にとって危機だったのか。
北朝鮮の置かれている状況と発射実験の狙いを冷静に判断する必要がある。
「瀬戸際外交」を得意とする北朝鮮が、暗礁に乗り上げている6カ国協議や米国との外交交渉を有利に運ぶために、「人工衛星打ち上げ」を名目にテポドンの発射実験に踏み切ったことは論を待たない。また、打ち上げに際して、イランから北に視察団が派遣されていたことから、外貨獲得のためのミサイル輸出という「兵器売買の商談会」を兼ねていたことも事実だろう。
だが、北朝鮮の発射実験は外交的な駆け引きを目的としており、日本を標的にしたものではなかったことは政府も認めている。第一、北が先制攻撃で日本にミサイルを撃ち込めば、ただちに日米安保条約が発動され、日米合同で北を攻撃する。米朝開戦を望まない中国、ロシアが朝鮮戦争当時のように北に肩入れすることは国際情勢から見ても考えられない。そうなれば金正日政権の崩壊は確実である。 したがって、万が一、ロケットが予定軌道をそれて日本に着弾する可能性があれば、北は外交的影響の大きさを考えて、早い段階で慌てて自爆させたであろう。
麻生官邸も本当は“心配ない”ことを十分にわかっていた。鴻池祥肇・官房副長官が「北が撃ってきたら当たるわけがない」と日本の迎撃能力を疑問視しながら、「(ミサイルは)高過ぎて、そもそも見えない。国民からすると何が起きているか分からない。飛んでいるのが見えたら面白いけどな」と危機感が全くない言い方をしたのがその証拠である。
それなのに、麻生首相がことさら「迎撃」を強調したため、マスコミは大騒ぎし、国民は危機感を高めた。国民を不安に陥れるような扇動をすることは政治家として下の下である。
テポドン2号の最大射程は5,000~6,000キロと見られており、北は米国本土に到達できる長距離弾道ミサイルの開発をめざしている。テポドン2号の能力からいっても、標的は最初から日本ではないのである。
むしろ、日本にとって本当の脅威は北朝鮮が200基実戦配備している射程1,300キロのノドン・ミサイルであり、「現在のミサイル防衛(MD)の能力では移動体に搭載されてどこから発射されるかわからないノドンには対応できない可能性が強い」(軍事専門家)と見られている。
麻生首相や防衛省はそうした実情を知りながらMDのデモンストレーションを優先して「迎撃」と騒ぎ立てた挙げ句、「誤探知」と確認作業のミスで正確な情報を国民に伝えられずに馬脚を現した。自業自得だろう。(つづく)
【千早 正成】
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