「里帰り出産したお母さんたちが、上のお子さんを一時的に預かって欲しい、という申し出は、ここ数年、とても多くなっています」。
福岡市の隣、春日市の私立幼稚園の園長はそう話す。同園では、母親たちの事情をくみ、入園料を一部免除し制服も貸与する。ただし、教材などは購入してもらう。「切羽詰った表情で送迎していたお母さんたちが、だんだん穏やかになっていきます。慣れてくると、下のお子さんの育児相談を持ちかけられることもあります。お母さんたちの変化を見ていると、一時保育をお引き受けしてよかったと思います」。
「里帰り出産」というのは、若い母親が産前、産後の心身の負担を軽くするため、主に自分の実家で、サポートしてもらうこと。出産、育児の先輩でもある母親などから協力やアドバイスをもらったり、上の子どもがいれば、そのフォローをしてもらったりもできる・・・はずである。しかし、現実には、里帰り出産に伴う幼稚園への一時保育の申し込みが増えているのだ。
その理由として、いわゆる「おばあちゃん世代」の人たちが、現役世代顔負けの活躍をしていることが挙げられるだろう。孫の面倒を見るひまもないということだ。あるいは逆に高齢で、娘や赤ちゃんの世話はできるけれど、やんちゃ盛りの孫を見る余裕や体力がない、という人もいるかもしれない。
一方、次のように指摘するのは、「里帰り出産」に数多く接してきたベテラン助産師だ。
「おばあちゃん世代の人たちにも、子育てがわからない人が増えているのではないかと思うのです。遠慮されているのかもしれないけれど、産後の授乳指導の時にもただついてくるだけ。泣いている赤ちゃんが何を訴えているのか、どうあやしたらいいのか、若い母親にアドバイスすることができない。また、同伴した上のお子さんが病院内で走り回っても、注意すらできない。自分の子育て経験を若い世代に十分に伝えられなくなっているのかも知れませんね」。
また、次のように指摘する小児救急医もいる。
「育児中のお母さんの不安をあおるのは、祖父母世代であることも結構多い。たとえば、昼間、子どもをかかりつけ医に診察してもらい、適切な処置を受けながら、夜になって救急にやってくる母親がいる。よく聞いてみると、祖父母から、『昔、近所の子どもが熱で死んだ』とか、『この薬はおかしい』とか、決して悪意があるわけではないんでしょうが、そういうことを聞かされて不安になり、駆け込んでくるというケースも少なくないのです」。
母親たちが育児不安に陥る理由は1つではない。様々な要因が重なり合っていることも確かである。また「最近の若い人は」という決まり文句で、子育て世代の資質の低さを批判する声もある。しかし、そうした背景を生み出した責任は、いまを生きるすべての大人にある。待機児童増加は、「いま」という時代が抱える様々な問題の氷山の一角ともとらえることができるのではないだろうか。
【山本 かほり】
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