子育て支援に伴う待機児童解消策が、子どもたちの育ちに大きな影響を及ぼしている例をもう1つご紹介しよう。
福岡市の認可保育園の多くでは、「働くお母さんをサポートするため、様々な特別保育サービスを実施」(「福岡市保育協会オフィシャルサイト」より)している。中でも「延長保育」は、「より長時間の保育を必要とする家庭のために実施されている有料の子育て支援サービス」(同前出)で、保護者が保育園選びをする際のほぼ必須条件になっている。施設によって実施状況や時間は異なるが、1時間から最長4時間まで行っている。参考までに紹介すると、福岡市の認可保育園の通常保育時間は、平日午前7時から午後6時まで、土曜日午前7時から午後4時まで(7時半開始の園もあり)となっている。
福岡市内の認可保育園では数年前、“ようやく”午後7時までの延長保育を始めた。現在の利用者数は月極め、単発をあわせ1日平均10 ~13人程度。保護者の仕事が忙しくなる年末などは、一時的に利用者数が増えるという。「去年1年間は、全園児の1割弱の利用で推移しました。予想していたよりも利用数は少ない」と園長は胸をなで下ろす。
待機児童が多くなるにつれ、市や周辺の保育園からの実施要請は再三あった。にもかかわらず、長年、延長保育の実施に踏み切れなかった。「子育て支援という美名の下に、これ以上、親子がともに過ごす機会を奪ってはならない」「延長保育により子どもの就寝時間が遅くなり、生活が乱れる」という園長の強い思いからだった。
園創立から40余年、園長は保護者の価値観が刻々と変わるのを目の当たりにしてきた。その中で、仕事ややむにやまれぬ事情で延長保育制度を利用するケースばかりではない、と感じていたのである。また、経営者として、保育士たちの生活を守りたいという気持ちも強く持っていた。しかし、在園児の保護者から寄せられる声に、ついに抗うことはできなくなった。
園長は言う。「延長保育を利用している子どもたちの生活の乱れは、やはり予想したとおりでした。寝不足なのでしょう。昼間、ボーっとしていることも多く、事故やケガを招きかねない状況になっていることもあります。いらいらして落ち着かない様子も見られます。延長保育を利用している子どもほど、朝ごはんを食べてこない割合が高く、保護者の余裕のなさも感じられます。保育指針の改定や食育基本法の施行などに伴い、園では食育に力を入れていますが、家庭との連携ができなければ、子どもの中に根付きません」。
同園で延長保育を始めたことで、延長保育がある他園を希望していた家庭も同園に入園できたのかもしれない。それにより、地域内の待機児童数は一時的に減少したかも知れない。しかし、ここでも「働くお母さん」の便宜は図れても、肝心の「子ども」は置いてけぼりである。
「でも、通常保育の終わる午後6時直前に、一生懸命にお迎えに来てくれる保護者もいます。おじいちゃん、おばあちゃんがお迎えに見えて、丁寧にごあいさつしてくれることもあります」と園長。そうした保護者の存在が、行過ぎた保護者の歯止めとなり、子どもたちの健やかな成長につながって欲しい。その手助けをすることこそが、血の通った本当の子育て支援と呼ぶべきではないのだろうか。
【山本かほり】
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