竹中プランのモデル銀行
振興銀は小泉構造改革の1つ「竹中プラン」の実験台に供されたモデル銀行だった。竹中平蔵・金融相のブレーンとして「金融再生プログラム」いわゆる竹中プランのエンジン役を担ったのが木村剛氏である。日本銀行を辞めて経営コンサルタント会社、KPMGフィナンシャルサービスコンサルティング(現フィナンシャル)を設立した木村氏は、竹中プラン作成に主導的な役割を果たした。
竹中プランでは、中小企業に対するセーフティネットを前面に打ち出した。不良債権処理を進めれば、中小企業への貸し渋りや貸し剥がしが広がるため、中小企業の貸出に応える新しい銀行が誕生できるように規制を緩和した。銀行免許を取れやすくして複数の銀行を誕生させ、健全な競争を喚起させようというわけである。竹中金融庁は、異例なまでのスピードで振興銀に銀行免許を与えた。
竹中=木村コンビ演出の振興銀は2004年に開業したが、半年もたたないうちに混乱状態に陥った。設立発起人で新社長に就任した落合伸治氏の解任など、経営体制をめぐってトラブルが噴出。落合氏は、担保や保証をつけて融資するというノンバンクの手法を取り入れようとしたが、木村氏は無担保・無保証で融資するという、いままでになかった銀行をつくることに固執した。
振興銀の大株主は、木村剛会長が7.87%、GMOインターネットの熊谷正寿会長兼社長が7.16%、木村氏が経営するコンサルタント会社のフィナンシャルが4.92%(08年9月末現在)。木村氏がオーナーの「木村銀行」と呼ばれる所以だ。
債権買い取りビジネスへの転換
新銀行の初心は無担保・無保証の融資。だが、不良債権を用心すれば融資は増えないし、融資を拡大すれば不良債権が増える。どちらにしても業績は伸びない。そのため07年ごろから方針を転換した。
商工ローン、消費者金融ローンの貸付債権をノンバンクやサラ金から買い取る。振興銀はその債権を、金利を引き下げた新たな貸し出しに置き換える。ノンバンクやサラ金が保証人となる条件をつけた。振興銀は、ノンバンクやサラ金が貸付債権を現金化するファクタリング手法を取り入れて、ハイリスク・ハイリターンの債権買い取りビジネスに転じたのである。
振興銀は、SFCG、ロプロ、NISグループ、旧アプレック(現中小企業信用機構)、旧三和ファイナンス(現SFコーポレーション)といったノンバンクやサラ金からローン債権を買い取った。振興銀はローン債権を買い取る際、大量の上場株式を担保に取り、担保権を行使して主要株主となった。これら親密企業を中心に「中小企業振興ネットワーク」を昨年7月に発足。振興銀は融資先となる中小企業グループを組織した。
その結果、09年3月期決算では、融資高3,134億円を達成。経常収益は前期比3.5倍増の262億円を計上、最終損益は13億円の黒字だ。債権買い取りビジネスの効果である。
だが、融資高3,000億円規模の振興銀にとって、SFCGから買い取った債権1,024億円はあまりにも巨額で、リスクもまた大きい。金融庁が検査で、どんな結論を出すかに注目が集まっている。
【日下 淳】
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