<資産管理会社・寿不動産とは>
統合について両社には大きな温度差がある。サントリーの佐治信忠会長兼社長が「年内にまとめる」と意欲満々なのに対し、キリンは慎重姿勢を貫いたままだ。
キリンの腰が引けている最大の理由は、サントリーHDの89.33%の株式を保有している創業家の資産管理会社・寿不動産の存在。株式移転方式で共同持株会社を設立すれば、寿不動産がダントツの筆頭株主になるからだ。
寿不動産(本社・大阪市)は1956(昭和31)年9月の設立。社長は佐治信忠氏が兼務し、サントリーの株式を保有するほかサブリース方式の賃貸マンションを経営する。08年12月期の売上高は8億5,200万円。営業外収入としてサントリーからの配当収入が31億81,00万円あり、最終利益は27億900万円を計上。資産から負債を差し引いた純資産は279億5,400万円。自己資本比率96.88%という超優良会社だ。
寿不動産の資本金は1億2,234万円。株主はサントリー文化財団、サントリー音楽財団、サントリー生物有機科学研究所の3法人と個人が19人。財団法人は、創業者の鳥井信治郎氏が唱えた、会社の利益の3分の1は社会に還元すべきとする「利益3分主義」に基づき設立された。19人の個人株主は、筆頭株主(9.21%)の鳥井春子氏(創業者の長男・吉太郎氏の妻で、3代目社長・信一郎氏の母)を始め、創業者の末裔たち。佐治信忠氏(2代目社長・佐治敬三氏の長男)の持ち株比率は4.97%。
寿不動産の08年12月期の配当金総額は24億9,600万円。これが財団の運営資金と創業家一族の収入になる。創業者の末裔である鳥井・佐治家は、少額の出資で寿不動産を所有することにより、巨大なサントリーグループ全体を支配するという二重構造になっている。
<寿不動産が統合会社の筆頭株主>
この仕組みが統合に威力をもつ。サントリーの「対等」という条件を受け入れて統合比率を1対1にすれば、寿不動産が統合新会社の約45%の株式を保有するダントツの大株主になる。
キリンによる実質的な買収を意味する1対0.6の統合比率でも、寿不動産が筆頭株主になることには変わりない。寿不動産が3分1以上の株式を保有すれば、株主総会で重要議案への拒否権を持ち、支配権を握る。表面上は、キリンによるサントリー買収に見えても、実態は、鳥井家と佐治家がキリンを実効支配することになる。キリンにしてみれば、庇を貸して母屋を取られる格好だ。
だから、こういう見方ができる。サントリーの佐治社長が、統合に意欲を漲らせているのは、寿不動産が新会社のダントツの大株主となり、キリンを支配できるためだ、と。寿不動産が親会社になる統合を、キリンが受け入れるわけがない。キリンが許容できる最低限のセンは、寿不動産の持ち株比率を20%未満に抑えることだろう。
そうするためには、寿不動産がサントリーHD株を手放して持ち株比率を落とす必要がある。寿不動産が保有株の一部を投資ファンドに売却すれば、統合新会社の持ち株比率を落とすことができ、鳥井家と佐治家は多額の売却益を手にできる。これならキリン、サントリー、創業家の三者の利害が丸く収まる。
創業家によるサントリー株の一部売却が、統合を実現するための絶対条件になる。創業家がサントリー株の一部を放出することなしには、統合交渉は一歩も進まないだろう。
【日下 淳】
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