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山水建設への遺書(3) 企業理念の変遷―その2/野口孫子 氏
経済小説
2009年8月22日 08:00

企業理念の変遷 2

 坂本社長の登場で、山水建設の社内の空気は一変した。
 創業社長の山田が30年にわたり営々と築いてきた社風が、坂本により無視され始めたことを社員たちは感じていた。
 山田は多少の不安はあったが、全国各地の責任者に権限を委譲して、失敗すれば、「社長である私が責任をとる」と部下を信用して育てていった。そんな山田に育てられた幹部が戸惑うのは、当然の成り行きだった。
 坂本は絶対君主のごとく振る舞い、すべて坂本の承諾なしには事は進まない、中央集権化を推し進めたのである。山田とは正反対の経営手法と考え方だった。
 坂本は社長就任早々に、意のままにならない者を解任、異動と、情実人事を断行した。そうやって自分の周りには、坂本自身に忠誠を誓う人材、要は『ごますり人間』を役員に登用し、組織を固めていった。
 このような強権による恣意的な人事が、山水建設の根本哲学「人類愛」の理念と合致しているとは到底思えない。
 坂本はカリスマ性を持つ『山田色』を、社長が持つ絶大な権力で一掃しようと思ったのだろう。
 坂本の口から、山水建設の企業理念を語ったことはほとんどない。これからもないだろう。さすがに、それを見かねた坂本の部下である総務や人事担当の専務たちが、幹部会や社内誌などで企業理念について語るが、所詮は上滑りで魂が入っていない、おざなりのものでしかなかった。
 そんな建前だけの訓示や指導は、とうの昔に社員たちに見抜かれてしまっている。全社員、山水建設の手帳を持っているが、その冒頭には企業理念がしっかりと印刷されている。しかし、今となっては、その言葉は形骸と化している。
 せっかく、素晴らしい企業理念を持ちながら、経営のトップにその気がないという事実。会社にとって悲しく、寂しく、不幸なことである。
 いまや、役員のなかに正義を唱える勇気ある者は一人もいない。全員、保身に汲々としている。

~つづく~

(これはフィクションであり、事実に基づいたものではありません)


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