楠田本部事務所では、連日深夜におよぶ会議が開かれていた。党の援護射撃は、あまりあてにならない、自分たちでできることは何だろうか。有名人を応援に呼ぶことはできないだろうか、などなど。知恵をめぐらすが、名案はそう簡単に生まれてくれなかった。
「基本に帰ろう」。結局落ち着いたところは、これである。選挙の基本、ドブ板活動だ。支援者を一軒一軒丁寧に挨拶してまわる。そして支援を訴える。何とも前時代的な活動ではあるが、顔が見える分、効果も高いとされる。全ての地域を完全に網羅できるならば、それがもっともよいが、いかんせん人材不足。地域を選び、集中的に各個撃破していく方法をとった。
地盤が弱いとされる地域を選び、そこに集中砲火する。割ける人員はボランティアスタッフ2名。この人数で、告示までに2市をまわることになった。
1日1人あたり最低100軒。真夏のギラギラした日光と、湿度を含んだ重たい空気が体力を奪っていく。汗が止まらない。気が遠くなってくる。改めて、真夏の決戦の厳しさを実感する。
ドブ板は体力的には過酷だが、精神的には楽な作業であった。というのも、まわる先は支援者、つまり楠田氏のファンだからである。訪問する先々でかけられる声は、優しいものばかり。
「暑いのにわざわざありがとう」
「応援しちょうけん、代議士にも宜しく伝えて」
「今が踏ん張りどころよ。がんばってね」
ある秘書が言っていた。
「私は以前、会社勤めのエンジニアだったが、今の(秘書の)仕事のほうがいい。できる限り続けたいと思っている。なぜなら、他の仕事で心の底から『頑張ってくれ』といわれるものはないのではないかと思うからだ。人が本気で応援してくれる仕事に誇りを持っている」
支援者と直接会うと、その気持ちがほんの少し分かる気がした。多くの人の期待、希望を背負って代議士は国政に立つ。1票1票は選挙民の思いの結晶。その思いを、声を背に受けて国政は成り立っているのである。温かい支援者たちがいる。彼らを、彼女らを失望させるわけにはいかない。今回の選挙、勝つ以外に途はないと知った。
ドブ板と同時進行で、夏祭りまわり、朝立ち(早朝に駅頭などに立ち、演説したりやビラを配ったりすること)、辻立ち(交差点などで演説を行なうこと)、夕立ち(朝立ちの夕方版)、引き回し(支援者が代議士や秘書などを連れて、親族や知人に紹介して回ること)、ミニ集会などが活発に行なわれていた。内務はその資料づくりに日がな一日追われていた。
そしていよいよ、告示の日を迎える。
【柳 茂嘉】
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