しかし、官僚たちと、それから、テレビ5社・新聞5社の、電通の子分の許すまじき、アメリカの手先どものこれまでの永年の悪業の数々は許すべきではない。田原総一朗を筆頭にして、本当に打ち首にすべきである。
獄中の植草一秀氏から、私に入った連絡で「酒井法子氏の報道ばかりで、2005年と比べて圧倒的に少ない選挙報道」という指摘があった。
本当にそうだ。テレビ、新聞が、選挙報道を、ほとんどしなかった。NHKを含めて、奇妙なほどに選挙報道をしなかった。自分たちが、これまでずっと、自民党寄り、アメリカの手先ぶり、大企業寄り、残酷な金融資本の太鼓持ちをずっとやってきたからだ。彼らの内心の忸怩は、急激に起こった。「自分たちは、もしかしたら国民から捨てられつつあるのではないか」という恐怖心に、今、大新聞・大テレビの幹部たちは、襲われつつある。
だから急に、「報道の中立、公平」に目覚めて、自分たちがこれまでやってきた奇怪な偏向報道(アメリカの買弁報道)にはっと気付いて、「今度の選挙は、極力報道しない。報道しないことで、自民党を支援する」という態度に出た。そして、この卑怯なメディアの態度も裏目に出た。
国民はすでに気づいてしまった。日本のマスコミ=マスゴミは、本当におかしな、日本国民を洗脳するための道具であり、「日本国民に向けられた刃物」(評論家・森田実氏の言葉)なのだ。低劣で愚昧極まりないお笑い番組ばかりを作って、日本国民を愚弄し続けた。そしてだんだん見向きもされなくなっている。自業自得である。
商業メディアで私企業であることを盾にして、このあとも彼らは、陰に陽に、民主党政権の粗さがしをして、足をひっぱり、あわよくばスキャンダル攻撃で倒閣させようと目論むだろう。この者たちを早めに摘発して、まずネット言論で血祭りにあげて、次々と表面化させなければいけない。
新聞・テレビも態度を急変させつつある。だが、そういうわけにはもういかないのだ。これまでと同じような単純な国民洗脳(扇動、謀略)報道では、もう民主党新政府を倒すことはできない。なぜなら今度ばかりは、自分たちの暮らしをこんなにひどくした自民党政治に怒りを覚えている日本国民が監視しているからだ。メディア=マスコミは、国民大衆を公然と敵に回すことはできない。だから、彼らも腰砕けになりつつある。
「こんなはずではなかった」と、彼らは今、慌てふためいている。官僚たちと、メディア(マスコミ)各社の幹部たちは、本当に「こんなはずではなかった。国民がこんなに急に変身(変貌)して、自分たちに立ち向かって来ようとは」と震えている。自分たちによる国民洗脳が、急激に、もう通用しなくなったのだと、8月になってようやく本気で気づきだしたのである。
すべては、7月12日の東京都の都議選を頂点にして変わった。あの日、自民党が大敗北して、民主党が勝った。あの日を限りに、「日本の空気(ニューマ)が変わった」のである。その予兆は4月ぐらいから現れていた。地方自治体の選挙で、自民党、公明党の公認する候補者が次々に落選して、民主党か完全な無所属の候補者が勝ち始めた。
横須賀市長選挙がその最たるもので、32歳の党派色のない無所属の候補者が、小泉純一郎の系列の現職の利権政治家(横須賀駐留米海軍の司令官の接待係)に勝った。
こんなはずではなかった、と既成勢力の、現状の利権の上に胡坐を掻いて、「どうせ、日本人は変わりはしないさ」と高をくくっていた者たちの肝が冷えつつある。「本当に自分たちは、握り占めてきた特権を奪われる。自分たちは追い落とされる」という恐怖感が、永年の業界の親分たちに起こりつつある。
自分たちはもう我慢しないのだ、という大きな変化が、日本国民のなかに急激に芽生えつつある。まるで、発芽してどんどん伸びてゆく新芽のような元気さだ。この国民の胎動と政治的な目覚めは、ただ事ではない。既成の、だらけきった評論家、文化人たち(自民党寄りだから、現状肯定を説いて、国民をだます係のテレビ出演利権を握ってきた者たち)には、この「日本国民の急激な変貌」はなかなか理解できないものだろう。今度は、自分たちが捨てられる番だ。
今の急激な日本国民の「自民党自滅、官僚徹底たたきのめし、メディアへの強い不信感」の状況は、すべて小沢一郎が作ってきたものだ。強いて言えば、小沢一郎がたったひとりで、この15年間の苦闘のなかで作りあげてきたものだ。すべての栄誉は、小沢一郎にある。このことは、一国の政治を冷酷に見つめることのできる能力のある人間には分かることだ。
今から15年前の94年、細川護煕政権の自民党大分裂、8党寄り合いの改革政権は、たった1年弱で潰された。あれがまさしく“小沢動乱”、“小沢革命”と呼ばれたものだ。あれから15年である。小沢に従った多くの有為の若い人材をたくさん討ち死にさせて、屍を野に晒した。
今の民主党に結集している幹部たちも偉いけれども、そのすべてを集めたものよりも、たったひとり、小沢一郎の努力と力量が、今日のこの激しい情勢の変化をもたらしたのだ。小沢一郎だけは、このことをはじめから分かっていたのだ、と考えざるを得ない。
だから、小沢の見識と未来予測と手堅い国家運営の手腕には、私たち日本国民は、脱帽するし、敬服する。
(つづく)
副島 隆彦【そえじま・たかひこ】氏
1953年5月1日、福岡市生まれ。早稲田大学法学部卒業。銀行員、代々木ゼミナール講師を経て、現在は常葉学園大学教授。政治思想、法制度論、経済分析、社会時事評論などの分野で、評論家として活動。著書に『時代を見通す力』(PHP研究所刊)、『恐慌前夜』(祥文社刊)、『暴走する国家、恐慌化する世界』(佐藤優氏との共著、日本文芸社刊)ほか多数。日米の財界、シンクタンクなどに独自の情報源を持ち、日本人初の「民間人・国家戦略家」として、日本は国家として独自の国家戦略を持つべきだ、と主張している。副島国家戦略研究所(SNSI)主宰。
副島隆彦の「学問道場」
http://www.soejima.to/
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