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山水建設への遺書(21)  社長の品格―その6/野口孫子 氏
経済小説
2009年9月30日 08:00

社長の品格6

 1年前、権力欲に強い坂本は後継者に斎藤を選任した。
 前会長中井の社長時代、副会長の激しい追い落とし策にも負けず、坂本が社長の時も中井会長の追い落とし工作にも負けなかった。
 現職の社長は大きな権力を持っていることを、坂本は自ら体現していたのである。故に自分が社長の座を譲るにあたっては、この権限を渡したら今度は自分の身が危ないと考えていた。そして考えた結果、坂本は最高経営責任者(CEO)会長の座に自らが就任、最高執行責任者(COO)社長に斎藤を就任させて、実体は従来と変わらないようにしたのである。斎藤新社長指揮下の山水建設は、実質坂本の傀儡政権と化したのである。

 さらに、過去に創業社長山田の亡き後、当時の副会長を担ぐ一派と社長中井を担ぐ一派の主導権争いに際し、役員会で中井会長解任の緊急動議が提案されたが否決されて事なきを得たことがあった。そのとき坂本は中井支持に廻り、結果として中井、坂本の勝利に終わっていたのだ。
 その事件で坂本は、役員は自分の意のままに動く者しか登用しないことにしていた。登用前には必ず自分に忠誠を誓わせ、そこで忠誠を誓った者しか役員にはしていない。そのため、どれだけやりたい放題の人事、合理化を行なおうと、現役員からは反坂本の狼煙が上がることはないのである。
 このように、坂本体制は盤石のものになっている。しかしながら坂本は、社長就任以来10年にわたり、山田の築きあげた組織、やる気、人的資産、を食いつぶし、5年前には日本建設に首位の座を奪われている。さらに最近では新興の会社にも主力事業分野で負け始め、山水建設の力は衰退しつつある。この結果は誰が見ても、坂本に原因があると思われるのだが・・・。

 経営者として決断する時に一番必要なことは、会社の掲げた「企業理念」に照らして考えなければならないことだ。しかし、坂本にはまったくその気配はない。企業理念は、坂本の血肉となっていない。経営者としての人生観、世界観といった奥深く根差したものがなくてはならないのだが、これがない坂本には生きた経営力がないのである。

~つづく~

(これはフィクションであり、事実に基づいたものではありません)


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