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コダマの核心

地獄からの生還(9)~天国から地獄へ急降下
コダマの核心
2009年10月30日 10:25

<まさかの驚き>
 「東洋工務が潰れたよ」と、サッシ業の経営者にTELをした。「まさか、あの会社が潰れるはずがなかろうが」と反論をしてきた。
 「しかし、考えてみて、あの先代・立花浩さんが死んで7年になるよ(平成14年2月死去)。7年もすぎれば、どんなに蓄財があっても会社は行きづまるよ!」と説明をしてやった。そうすると「二代目とは一緒に旅行もしたことがあるが、賭け事好きでね」と、納得した発言をしてくれた。
 東洋工務(福岡市東区)が潰れたのは10月27日である。社員を解雇して、この日から事業を停止している。最近の業績が芳しくないこともあったが、破綻の原因は、二代目・立花嗣久氏が「博打(バカラ)にのめり込んで資金流出した」ことのようだ。
 前述したように、ひと昔前は、この会社はサッシ業界で憧れの的の存在であった。「天国から地獄へ真っ逆さまに転落」という表現が、まさにぴったりである。「あー、もったいなかった!!」といえばそれまでだが、栄枯盛衰、企業戦争の結果は激烈だ!!

<栄盛の「殿様ビジネス時代」の回顧>
 同社の仕入れ先に豊和工業という会社がある。特殊なサッシのメーカーであるが、本業は自衛隊に兵器の納入を行なっていたという、実績ある会社だ。だからもともと政治力はある。昭和50年代、全国の空港周辺の隣接地区の防音対策に膨大な予算がついた。豊和工業は民間空港の防音対策より以前に、自衛隊航空基地における対策で実績があった。防音効果の高い、際立ったサッシを開発していたのである。だから、民間空港の防音対策に予算がつき始めるようになったときに、豊和工業が独占的な活躍ができるのも頷ける。
 この予算付けの波は、当然、福岡空港におよぶようになってきた。『民防協』という組織が結成されて、周辺住民の防音サッシ工事の予算が、この組織を通じて消化されるようになった。仕事発注の元締め的存在と化したのである。もちろん、この『民防協』は福岡だけでなく、全国横断的に組織がネットワークされていた。「防音サッシの仕様は、豊和工業優先」となっていたのだ。東洋工務の当時の立花浩社長は、先見の明のある経営者であった。瞬く間に、豊和工業の懐深く食い込んだ。同社の代理店になったのである。
 結果、福岡空港の防音サッシ工事が佳境に入った時点では、東洋工務はほぼ独占状態で受注していた。栄盛を誇ったピークは、昭和55年から60年までであった。当時、取材に行くと浩社長は「うちはゼネコンとは取引しないで済むような仕組みを作っている。民防協からの受注は、我が社だけしかできない」と豪語していた。確かに、同業者が真似をしても地団太を踏むしかなかったのだ。東洋工務は売上対比で経常利益10%以上をあげて、業界では一目置かれる地位を確保した。羨みも妬みもされた。
 しかし、福岡空港の隣接した地域の防音工事が一段落すると、東洋工務も方向転換を余儀なくされてしまう。サッシ業者としての方向転換は、ゼネコンからの受注を選択するしかない。ありふれた業者になり下がってしまったのだ。さすが浩社長も、次の「繁栄ための二の矢」策が打てなかった。そうなれば、平成の時代になれば自ずと業績は悪化の一途を辿るようになった。地獄に墜落するとどめは、二代目の博打好きであった。まさしく、同社はドラマ化した最終駅に到達したのである。


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