<社会で認められる存在になるには>
「任意で」の事情聴取がすすめられた。捜査には全面的に協力した。自分が呼ばれれば署に出向くし、事務所の資料も要求があれば開示した。まるで犯罪者扱いではあるが、黒木は耐えた。悪いことをしていないのだから、当然相手も分かってくれるはず。すぐに理解してくれるはず。
ところが、そうはならなかった。3カ月もの間、嫌疑が晴れることなく、ついに書類送検されたのである。捜査の場は検察に移された。いよいよ疲れが溜まってきた。鉄格子がはめられた部屋の中で、石頭を相手に半年間も詐欺だ、いや詐欺ではないの押し問答。無為な時間だけが過ぎていった。
書類送検されて事態は一気に終息した。検察に呼び出された黒木は耳を疑うような一言を聞く。
「これは不起訴です」
黒木は質(ただ)した。
「不起訴とは何ですか。一体どういう意味なんですか」
「不起訴っていうのは起訴をしない、ということです」
「起訴をしないとはどういうことですか」
「罪がない、ということです」
面食らった。3カ月の拷問ともいえる時間を経て、一言、罪がないと言われたのだ。詳しく聞くと、黒木にかけられた嫌疑は一般の商取引であって、法律上も道義上もまったく問題がない、とのことだった。
問題がないことで、無為な時間を削られた。日本の不起訴率は9割に及ぶ。刑事事件はそのほとんどが起訴され、さらに起訴された事件の99%が有罪になる。つまり、検察庁に上げられた事件はほとんどが罪に問われるのである。黒木は間違いなく有罪だと、警察は思ったのだろう。けれども、法律の専門家でもある検察は、問題なしと判断したのである。
黒木は、ここから学んだ。一般人に近い存在である警察官が「詐欺」だと思ったのだ。自分の中で、人を騙したり、人から何かを取り上げたりするということをもっとも蔑んできた。だから、こんな疑いを本気でかけられること自体、本来あり得ないことだった。しかし、実際に詐欺師扱いされてしまった。自分に、その能力がないからか。社会に認められるためのものが欠落しているのか。
黒木は自分を省みた。
黒木の出した結論、それは「自分に足りない能力を加える」ということだった。
【柳 茂嘉】
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