<一個の石につまずく>
昭和の終り、ある不動産会社から持ちかけられた話である。二丈でリゾートマンションがつくりたい。コンサルタントをお願いしたい。警察から詐欺の嫌疑をかけられる以前の話である。勢いに乗っていた当時の黒木は、意気揚々とこれを受けた。1LDKと2LDKが合わせて103戸という大型物件だ。大規模ゆえに金額も大きかった。13億を超える仕事である。コンサルタントとしての仕事であるから元手はかからない。申し入れてきた不動産業者が土地を購入するので、銀行との折衝は黒木の仕事ではない。設計、ゼネコンの手配、入居の保証が主な役割となる。この案件における黒木の負うべきリスクは、そこから得られる利益に比べはるかに小さく見えた。何より、大きな仕事であるということが黒木をやる気にさせたのだった。
大型物件であるがゆえに、完成までに数年がかかった。途中までは完全に黒木の思惑どおり、何の問題も発生しなかった。平成3年6月の竣工に向けて、事業はとてもスムーズに進んでいるように見受けられた。リゾートマンションを売るためには、夏前の竣工が不可欠だ。入居者は買ってすぐの真新しいマンションで夏を満喫できることを夢見て、購入を希望するからだ。予定どおり竣工し、予定どおり完売する。そして予定どおりの利益を得る。まさに夢のような計画だった。そして、この計画がまさしく、「夢」に終わりかねない一大事件が起こったのである。
原因は「石」だった。柱を立てるための土中に、あってはならない、いや、あるはずのない大きな石が眠っていたのだ。もちろん事前に地質調査はしていたが、柱を立てる場所すべてをボーリングするわけではない。そのうちの一カ所に、たまたま計画を揺るがすほどの大きな石があったのである。小さな石なら簡単に砕くことができる。けれども、今回の石は、それほど単純なものではなかった。計画自体が頓挫する危機に陥ったのだ。
けれども黒木はくじけなかった。何としても仕事を完成させるという強い信念を持ちつづけた。国内に3台しかない砕石の重機を用意し、石を砕く作業を開始した。石は大きく固く、破砕作業の完了までにまる1カ月かかってしまった。予定外の作業に時間をとられ、それに伴い他の作業にも遅れが生じた。結局、トータルで工期が3カ月延び、竣工したのが平成3年9月。入道雲は姿を消し、いわし雲が天高く広がる秋に入っていた。
夏を海沿いの美しい新築リゾートマンションで暮らしたかった入居予定者たちからはキャンセルが相次いだ。さすがに黒木も頭を抱えた。たった一個の石で商機を逸したのである。うまくいくはずだった計画は本当に夢となってしまうのか。さらに追い討ちをかけるように最悪の事態が発生する。
【柳 茂嘉】
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