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「政治において警鐘を鳴らす」 鬼木誠県議会議員インタビュー(上) 【県議インタビュー1】
政治
2010年2月 9日 08:00

鬼木誠 県議会議員
 党の再生が問われている自民党にあって、同党福岡県連の改革プロジェクトに携わっているのが鬼木誠県議会議員(福岡市中央区選出)である。自民党のホープと言われる鬼木県議に話を聞いた。

 ―鬼木県議を知らない方へのご紹介という意味を含めて、政治家を志した経緯を教えて下さい。

 鬼木 はじめて政治家を志したのは小学生のころです。ある日、平和教育の一環で、先生が「戦争についてどう思うか?」と生徒に問いかけました。同級生はみな、「戦争はいけない。反対だ」と口を揃えて言っていたのですが、私は「戦争に反対するのはみんな同じだ。問題は、どうしたら戦争をなくせるかだろう」と考えていたのです。そこが出発点だったと思います。
 本格的に政治家になることを意識したのは中学生の時です。親から、私が3歳のころ、殺鼠剤を誤飲して病院で九死に一生を得たという話を聞きました。その時、「人から助けてもらった命だから人のために使いたい。そして、政治が良くなれば、みんなのためになる」と思いました。それ以来、「将来の夢は政治家になることだ」と言い続けるようになったのです。

 ―大学を卒業して、当時の西日本銀行に入行されていますが、その理由は?

 鬼木 社会を知らないと良い政治家にはなれないと思ったからです。私は、大学時代にボランティアとして太田誠一先生の事務所へ行き、選挙のお手伝いをしていました。人々のために尽力されている太田先生の姿を見て、ますます政治家への想いを強くしました。大学卒業後は太田先生の秘書になるつもりでした。その時、秘書の方から、「一度、民間企業に就職して、社会人として過ごしなさい。国民の生活を知らなければ良い政治家にはなれないよ」という助言をいただきました。そこで西日本銀行に入行することにしたのです。

 ―02年に退行され、03年の県議会議員選挙へ出馬したきっかけは?

 鬼木 銀行に勤めている間も、政治家の夢はずっと持ち続けていました。そのまま仕事を続けていれば、出世もし、結婚もして、安定した生活を送ることができたでしょう。しかし、銀行の現場で景気が悪化する地域経済を目の当たりにしまして「これはもう放っておけない」と、県議になることを決意したのです。

(つづく)

【文・構成:県政取材班】

鬼木 誠(おにき まこと) 1972年10月16日、福岡市生まれ。九州大学法学部を卒業後、95年に西日本銀行(現西日本シティ銀行)へ入社。03年、福岡県議会議員初当選。07年、再選を果たし、現在は県議会文教委員会の副委員長および自民党福岡県連の青年局長を務めている。

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