<親族の理不尽な要求>
全社で取り組んだ上場への取り組み、最終段階での苦渋の選択を経て、ディックスクロキは福岡の不動産業として初めて株式の公開を果たした。黒木が宮崎から福岡に上り裸一貫で始めた事業は、いまや福岡財界の一員になるまでに成長し、黒木もここまで来ることができたことに安堵していた。盛大なパーティも無事に終えることができた。今から新たな第一歩が刻まれるのだ。黒木は意気揚々としていた。そんな充実した気分の中、管理部の取締役の一人が黒木に相談を持ちかけた。
「私を副社長にしてほしい」
この取締役は、社内にいるたった一人の黒木の親族だった。公開を機に自分をナンバー2に据えるように黒木に申し出たのだ。黒木は常々、自分の右腕には営業職の若手を置きたいと考えていた。年をとった者が上に立つことをよしとしなかったのである。このことは若くても実力次第でポジションを上げることができるため、社員のモチベーションの向上や組織の活性化につながる。黒木自身もそれを認識していたし、社員の大半はその考えを理解していた。そのような土壌が醸成されているにもかかわらず、この申し出である。これを受諾したなら、黒木は公私混同のそしりを受けかねない。黒木の理念にも反する。
黒木にはこの取締役が、なぜ上場後すぐのタイミングで組織を一変させるようなことを言い出すのかすら理解できなかった。黒木は当然断った。
「創業者の親族だからといって、特別扱いするつもりはないよ。前から言っていたでしょう、ナンバー2には営業からの生え抜きを置きたいって。なんだって今になってそんな理不尽なことを言うんだ」
取締役は不満げな表情を浮かべた。黒木は激昂する。
「何か思うところがあるのなら言って欲しい。この会社はすでに私ひとりでは何も動かせない段階に入っているんだ。親族だからという理屈は通じないことくらい分かるだろう」
取締役は明らかな敵意を浮かべて、黒木を見据えた。しばらく沈黙が続く。重い空気が流れる。緊張を破ったのは取締役の一言だった。
「お前の考えは分かった。だったら、もう言うことはない。取締役を辞めさせてもらう」
【柳 茂嘉】
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