<外資系との出会い>
東京支店を開設してすぐにその客は訪れた。名刺には有名なカタカナの投資ファンドの名が記されている。
「福岡で優良な物件を探しています。いい企画があったら、ぜひご紹介いただいきたいのですが」
支店の担当者はすぐに本社へ連絡をとった。取締役から黒木の耳に話の内容が伝えられる。
どうやら、その客は関東、関西の物件に飽き足らず、九州にまで手を伸ばそうとしているらしい。そして、福岡で初めて株式公開をしたディックスクロキをその窓口の候補に挙げているらしい。黒木の鼻は大きなビジネスチャンスのにおいを嗅ぎとっていた。話しを進めてみよう。これが後に経営の行き先を決めることになるとは、このときには考えられもしなかった。大きな転換期になりうる出会いが向うからやってきた。黒木には、それしか考えられなかった。
外資系ファンドの話しを詳しく聞いてみると、およそ黒木の予想通りの展開だった。東京地区、大阪地区で有望な投資先を探していたが、それはひと段落ついた、次の手として九州福岡での事業を考えている。黒木は問うた。
「投資とおっしゃりますが、具体的にはいくらくらいの規模をお考えですか」
「30億円程度でお願いしたいのですが」
黒木の胸は高鳴った。30億の案件となればビッグプロジェクトだ。株式公開以後、マスメディアに華やかに発表できる一手にもなりうる。社としての代表的な物件になりうる上に規模に見合った成果物をも得られるだろう。山荘通りに本社を構えて以来、中心部で大きな開発を手がけるのは黒木の夢のひとつだった。それが叶えられるかもしれない。黒木はその魅力を充分に感じていたのだ。
しかし、その投資金額に見合う「場」が福岡に果たしてあるだろうか。黒木は知恵をめぐらした。1カ所あった。高い潜在能力を持ちながら、活かしきれていない場所。かつては文化の中心地だったが、廃れてしまっている場所。そして、黒木がよく知る場所。
早速、返答の準備を整えた。福岡で確実に勧められる場所はここしかないように思われた。ラフなプロジェクト案を思い描き、充分勝算があることを確認した。先方ファンドに連絡をとった。
「福岡の一等地、天神のすぐそばに1カ所だけピンホールがあいています。そこはかつて福岡の文化の中心地でしたが、今は当時の勢いを失ってしまっています。ここなら貴社の希望にそぐうと思います」
「福岡のどこですか」
「親不孝通りです」
【柳 茂嘉】
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